Terashima, Teppei and Ryōta Fukamatsu. 2025. "Tanki no kanshin, chōki no chintai? Kyōzai to shite no bōdogēmu ni okeru manabi no teichaku nitsuite no tansaku-teki kentō" [Short-Term Interest, Long-Term Stagnation? An Exploratory Study of Learning Retention in Board Games as Educational Materials]. Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies, 6: 57j-62j.
引用方法:寺島 哲平・深松 亮太. 2025.「短期の関心,長期の沈滞? 教材としてのボードゲームにおける学びの定着についての探索的検討」『RPG学研究』6号: 57j-62j.
DOI: 10.14989/jarps_6_xx[0.1] 本研究では,大学教育におけるボードゲーム教材の長期的学習効果について探索的調査を実施した.大学職員を対象に『DAIGAKU』と『ライフ・リテラシーゲーム』を行い,ゲーム直後と1ヶ月後のアンケートを比較した結果,プレイヤーの短期的な関心は得られるものの,長期的な学習効果については確認できなかった.
[0.2] キーワード:ボードゲーム,長期的学習効果,大学教育
[0.3] This study conducted an exploratory investigation into the long-term learning effects of board game teaching materials in university education. Two games, DAIGAKU and Life Literacy Game, were played with university staff as participants, and the results of questionnaires administered immediately after the game and one month later were compared. The findings indicated that while players’ short-term interest could be elicited, no long-term learning effects were confirmed.
[0.4] Keywords: board games, long-term learning effects, higher education
[1.1] ゲームベース学習において,学習内容とゲームの中心的なシステムやルールを統合する「内発的統合」は学習者の動機付けや学習成果を高めるための重要なアプローチとなる(Habgood・Ainsworth 2011).このアプローチでは,ゲームで遊ぶこと自体が学習活動として機能し,楽しさと学びが一体化するため,学習者は遊びを通じて知識やスキルを定着できる.このようなゲームベース学習は,特にボードゲームなどのアナログゲームにおいて有効であり,学習者の知識的・認知的・心理的側面を含む幅広い学習成果をもたらすとされている(Sousa et al. 2023).
[1.2] しかし,ゲームベース学習の長期的な学習効果に関する報告は限られており,結果も諸説ある.Rondon et al. (2013) は医学生を対象に,ゲームを用いた教育と伝統的な講義を比較し,短期的な知識習得には同等の効果があったものの,長期的な知識定着は講義のほうが効果的であったと報告している.一方,Hu et al. (2021) は医学生を対象にシリアスゲームを用いた場合,従来の教授法より6ヶ月後の知識定着が3倍程度高かったと報告している.このようにゲームベース学習の長期的効果については,一貫した見解が得られておらず,効果を持続させるための条件を明らかにする必要がある.
[1.3] そこで本研究では,大学教育における長期的な学習効果を検証するために,リアルな大学生活を体験する『DAIGAKU いばら色のキャンパスライフ』(以下『DAIGAKU』)と,ライフイベントや社会制度を体験できる『挑戦!ライフ・リテラシーゲーム(ボードゲーム)』(以下『ライフ・リテラシーゲーム』)を取り上げる.これらのゲームは,学生が大学生活で直面する課題や,大学卒業後に必要とされる知識・スキルをゲームで体験できるため,本研究の目的に適した事例であると考えた.
[1.4] ゲームの長期的な学習効果を検証するために,本研究では大学職員を対象に試遊会を実施し,ゲーム終了直後の事後アンケートと約1か月後の遅延アンケートの回答結果を比較することで,ゲームで得た学びの長期的な学習効果を明らかにする.なお大学職員を対象とした理由は,今後これらのゲームを,大学生を対象に実施した際の学習設計や運用課題に関するアイデア提供を期待したためである.また,同組織内のためアンケートの依頼が容易である利点も考慮した.
[2.1] 本研究で扱ったゲームの概要: 本研究では,現実に近い設定や状況を体験できる教材として,『DAIGAKU』と『ライフ・リテラシーゲーム』の二つのボードゲームを対象とする.これらのゲームのプレイ人数,対象年齢,プレイ時間,価格を表1にまとめる.また,これらのゲームの特徴やルール,プレイ内容については,次節以降で説明する.
表1 — ゲームの概要.
| DAIGAKU | ライフ・リテラシーゲーム | |
|---|---|---|
| プレイ人数 | 3-4人 | 3-6人 |
| 対象年齢 | 12才以上 | 10才以上 |
| プレイ時間 | 45分 | 90分 |
| 価格(税込) | 4,950円 | 18,700円 | ※価格はどちらも公式サイトを参照(2025年6月17日時点) |
[2.2] 大学生活を擬似体験するボードゲーム『DAIGAKU』: 『DAIGAKU』は,プレイヤーが大学生となり,4年間の学生生活を体験するボードゲームである(「DAIGAKU」開発チーム 2024).プレイヤーは「授業」「アルバイト」「課外活動」などから行動を選び,学識・情報・リソース・人間性の四つの資本を獲得・消費しながらゲームを進行する.「節目」と呼ばれるタイミングで引くハプニングカード(例: 「落単」「バイト昇給」「SNS炎上」)による資本の増減が,プレイヤーにとって予期せぬ影響を及ぼす.
[2.3] ゲームは半年ごとに進行し,年度末に設けられている「節目」では、前述したハプニングカードを引き、学費納入と目標設定の変更を行う.また最終年度終了後には,各プレイヤーのゲーム展開を「大学生活の物語」として語り共有する場が設けられている. ゲームではある程度の戦略理解が求められるため,プレイヤーが考え込む状況も見られた.そのため初回プレイは準備・片付けを含め約70分と,公式のプレイ時間である45分よりも長かった.
[2.4] 社会制度を学ぶボードゲーム『ライフ・リテラシーゲーム』: 『ライフ・リテラシーゲーム』は,就職から退職までの人生をスゴロク形式で体験しながら,税金や社会保障などの制度を学ぶボードゲームである(ライフリテラシー 2015).プレイヤーは性別と職業を設定し,サイコロを振って進みながら「給料日」「選挙」「投票日」「転職」など多様なイベントを経験する.職業によって収入パターン・税負担が異なるため,職業ごとの特徴や社会制度が,生活に及ぼす影響を体験できる.
[2.5] ゲームの目的は,ゲーム進行で入手できる所持金・ラブポイント・リテラシーポイントを蓄積し,これらを合算した「ライフバリューポイント」を高めることである.ゴール後は所持金・ラブポイント・リテラシーポイントに基づいて,プレイヤーの人生タイプが診断され,社会生活の多様性を振り返る機会が設けられている.
[2.6] スゴロク形式で進行するため,プレイヤーが判断する機会は限られており,初回プレイは準備・片付けを含め約80分と,公式のプレイ時間である90分よりも短かった.なおゲームで使用する年金手帳や保険証などのアイテムが細部まで作り込まれており,ゲーム参加者からは「小物のクオリティーが高い」といった感想があった.
[3.1] 大学職員(以下,参加者)を対象として,計2日間にわたり『DAIGAKU』と『ライフ・リテラシーゲーム』の試遊会を実施した2025年2月26日と27日の2日間で,各日『DAIGAKU』を3名,『ライフ・リテラシーゲーム』を3名ずつ,延べ12名(2日間の合計人数)がゲームを体験した.一部の参加者は両日とも参加し,初日に『DAIGAKU』,2日目に『ライフ・リテラシーゲーム』と両ゲームを体験した者もいた.本研究では参加者に対して,事後アンケートと遅延アンケートの2種類のアンケートを実施し,これらのアンケート結果を分析することで両ゲームの学習効果や課題について検討した.
[3.2] 事後アンケート: ゲーム試遊会終了後,参加者にはGoogleフォームを用いた事後アンケートへの回答を依頼し,ゲームの学習効果やゲームについての感想を収集した.参加者は原則として各ゲームの体験後にそれぞれアンケートに回答した.ただし,1名が未回答であったため,有効回答は,『DAIGAKU』が5名,『ライフ・リテラシーゲーム』が6名の計11名分となった.本稿で分析する事後アンケートの定量・定性データは,これら11名分の回答結果である.
[3.3] 遅延アンケート: 試遊会の約1ヶ月後となる2025年3月20日から25日にかけて,3-1と同一の参加者を対象にGoogleフォームを用いた遅延アンケートへの回答を依頼し,ゲームを遊ぶ過程で得た知識や気づきが,仕事や日常生活でどの程度活用されているかという長期的な学習効果を確認した.その結果,3名が未回答であったため,有効回答は,『DAIGAKU』が5名,『ライフ・リテラシーゲーム』が4名の計9名分となった.本稿で分析する遅延アンケートの定量・定性データは,これら9名分の回答結果である.
[4.1] 事後アンケートの分析結果: 2025年2月26日と27日に実施した試遊会後,『DAIGAKU』を体験した6名中5名,『ライフ・リテラシーゲーム』を体験した6名全員の計11名がアンケートに回答した.アンケートは1~5段階のリッカート尺度による七つの設問(Q1~Q7)と自由記述の2種類で構成され,両ゲームの学習効果や感想を収集した.
[4.2] 表2に示した平均値を見ると,Q1(ゲーム内容の現実性)は『DAIGAKU』が4.6,『ライフ・リテラシーゲーム』が4.3と両ゲームとも高く評価された.一方,Q6(授業との関連性)は『DAIGAKU』が3.3,『ライフ・リテラシーゲーム』が3.2と両ゲームとも他項目と比較して低く,参加者の勤務先の大学で開講されている授業内容とゲーム内容の関係を連想するのが難しかったようである.Q4・Q5・Q7は『DAIGAKU』が4点台,『ライフ・リテラシーゲーム』が3点台と差があった.この理由として『ライフ・リテラシーゲーム』はスゴロク形式のゲームデザインのため,サイコロによる偶発性が強く戦略性を感じにくいことが原因であると考えられる.
表2 — 事後アンケートの結果.
| DAIGAKU(N=5) | ライフ・リテラシーゲーム(N=6) | |||
|---|---|---|---|---|
| 平均 | 標準偏差 | 平均 | 標準偏差 | |
| Q1. ゲーム内のシチュエーションや課題が、現実の状況に近い形で再現されていると感じた | 4.6 | 0.8 | 4.3 | 1.1 |
| Q2. 自分や他者の行動によって、ゲームの展開や結果が大きく変化すると感じた | 4.0 | 1.3 | 4 | 0.8 |
| Q3. ゲームの設定やビジュアル、システムなどが、プレイヤーの意欲や集中力を維持するのに役立つと感じた | 4.2 | 0.4 | 4.2 | 0.7 |
| Q4. ゲーム中に失敗しても、挽回できる安心感があり、もう少し工夫すれば何とかなりそうと感じた | 4.6 | 0.5 | 3.3 | 1.2 |
| Q5. ゲームの結果は、ゲーム中の行動や戦略を正当に反映しているため、達成感や学びを得られると感じた | 4.4 | 0.5 | 3.2 | 0.4 |
| Q6. 今回のゲームで学んだ内容や気づきを、目的や目標と関連させやすい授業があると感じた | 3.3 | 0.8 | 3.2 | 1.1 |
| Q7. ゲームを通じて得た体験は、自分の意識や行動を変えるキッカケになりそうだと感じた | 4.2 | 0.4 | 3.5 | 1.0 |
[4.3] 次に,自由記述から両ゲームの特徴を比較する.『DAIGAKU』はリアルな大学生活の再現性が評価され,「学業への注力や前年度の反省点を生かした計画修正が必要」といった記述があった.アルバイトや課外活動を通じて学識以外の資源(情報・リソース・人間性)が得られ,「大学生活の多面性」を実感できるという記述もあった.
[4.4] 『ライフ・リテラシーゲーム』の特徴としては,就職・結婚・税金・年金など社会制度を幅広く扱い,「難解な税や保険の知識を楽しく学べる」という記述があった.さらに「ジェンダー要素により,現実の男女差に気付けた」との記述もあった.ただし,サイコロによる偶然性が強いため「戦略性は低く,社会制度を体験するためのボードゲームとして割り切ったほうが良い」という記述も見られた.
[4.5] 遅延アンケート: 試遊会から約1ヶ月後の2025年3月20日から3月25日に,『DAIGAKU』を体験した6名中5名,『ライフ・リテラシーゲーム』を体験した6名中4名の計9名がアンケートに回答した.アンケートは1~5段階のリッカート尺度による設問,日常生活や仕事での活用度に関する多肢選択式,自由記述の3種類で構成され,事後アンケートと比較する目的で実施した.
[4.6] 表3に示した平均値を見ると,「ゲーム内容の現実性」は『DAIGAKU』が事後アンケート時の4.6から遅延アンケート時には4.2へ,『ライフ・リテラシーゲーム』が事後アンケート時の4.3から遅延アンケート時の4.0へと,いずれもわずかに低下した.表4に示した「ゲームの活用度」では,両ゲームともに,すべての参加者が「日常生活や仕事で活用する(活用できそうな)状況はなかった」と回答している.試遊会から約1ヶ月後の時点で,アンケートの回答からは,両ゲームで得た学びを活用する状況は確認できなかった.
表3 — 遅延アンケートのゲーム内容の現実性.
| DAIGAKU(N=5) | ライフ・リテラシーゲーム(N=4) | |||
|---|---|---|---|---|
| 平均 | 標準偏差 | 平均 | 標準偏差 | |
| Q. ゲーム内のシチュエーションや課題が、現実の状況に近い形で再現されていると感じた | 4.2 | 0.4 | 4.0 | 0.7 |
表4 — 遅延アンケートのゲームの活用度.
| DAIGAKU(N=5) | ライフ・リテラシーゲーム(N=4) | |
|---|---|---|
| 日常生活や仕事で活用する(活用できそうな)状況はなかった | 5 | 4 |
| 日常生活や仕事で活用する(活用できそうな)状況はあったが、まだ結果は出ていない | 0 | 0 |
| 日常生活や仕事で活用する(活用できそうな)状況があり、良い結果が出た | 0 | 0 |
[4.7] これらの回答結果から,少なくとも本調査の範囲においては,ゲームで得た学びが短期的な印象にとどまり,長期的な行動変容や実生活での活用に結びつかなかった可能性が示唆される.これは試遊会から1か月という観察期間の短さや,対象者が学生ではなく大学職員であったことも,活用する状況を確認できなかった要因の一つと考えられる.そこで,自由記述では,ゲームで得た学びを実生活で活用できるようになるための条件や環境整備について質問した.『DAIGAKU』については,「大学生活について相談を受けた際に,ゲームで得た情報や体験を共有できる」といった記述があった.ゲームで大学生活を体験することは,これから大学に入学する高校生や大学1年生などにとっては有効であるという記述も見られた.『ライフ・リテラシーゲーム』については,「自身の生活環境を振り返ってから遊ぶと学習効果が高い」「気軽に遊べる環境が整えば継続利用につながる」といった記述があった.社会制度というテーマの難解さから,内容理解を支える事前指導と,繰り返し遊べる環境整備の重要性が浮き彫りになった.
[5.1] 本研究の事後アンケートから,現実的な状況を体験できる両ゲームの評価が高いことがわかった.『DAIGAKU』では大学生活に関する意識決定のプロセスを体験できる点が評価され,『ライフ・リテラシーゲーム』では複雑な社会制度を遊びながら学べるという点が評価された.しかし,遅延アンケートの結果からは,ゲームで得た学びが,1ヶ月後の時点で日常生活や仕事に活用されていないことが明らかになった.このことは,ゲームベース学習が学習者の短期的な関心を高める効果を持つ一方で,日常生活や仕事での活用といった長期的な学習効果には沈静することを示唆している.
[5.2] 長期的な学習効果を高めるためには,ゲーム教材そのものの工夫に加え,事前・事後の指導が不可欠であることが先行研究で指摘されている(Bilgin・Baek・Park 2015; Poompimol et al. 2023).さらに,鈴木ほか (2021) は,6週間にわたり計4回のボードゲーム介入により中強度身体活動が一時的に増加したが,歩数については介入後の維持が困難であることを報告している.つまりゲームで得た学びの効果を持続させるには,ゲーム後の支援体制や環境整備が重要である可能性を指摘している.これらを踏まえると,ゲームベース学習の効果を持続可能なものにするためには,プレイ前に学習者が自らの経験と結びつけながらゲームで遊べるようにする事前指導が必要であり,プレイ後にゲームで得た学びを整理・応用する場を設ける事後指導が不可欠である.
[5.3] 本研究は,教材としてのボードゲームが持つ教育的可能性を検討し,ゲームで得た学びを日常生活や仕事へ活用することの難しさを明らかにした.特に,ゲーム終了から1ヶ月後の遅延アンケートにおいて,ゲームで得た学びが実生活で活用される状況を確認できなかった点は,長期的な学習効果の限界を示す結果といえる.一方で,自由記述では繰り返しの体験機会や他者との共有,内容理解を支える事前・事後指導の必要性が指摘されている.ゲームで得た学びを持続可能なものとするには,ゲーム単体ではなく,教育的文脈の中での活用が求められるという先行研究の結果とも合致している.そこで今後の研究では,教材としてのボードゲーム活用に加え,事前・事後指導を組み込んだ体系的な授業設計を構築し,大学生を対象に実践的な検証を行う予定である.段階的に調査対象を拡張しながら,長期的な学習効果を最大化するための条件を明らかにすることで,より現実的かつ持続可能なゲームベース学習の確立に寄与したいと考えている.
[6.1] 本稿を作成するにあたり,事後アンケートと遅延アンケートの質問項目のアイデア,参考資料の検索キーワード,論文本文の推敲(特に読者に誤解を与えやすい表現やわかりにくい表現の検討)にChatGPTを使用しました.