Invited Paper | 招聘論文

TRPG卓上のアリたち(ANTs) : アクターネットワーク理論との協働によるロールプレイ理解

Rafael Bienia | ラファエル ビエニア

Independent Scholar | 独立研究者

翻訳者:カム ビョーン=オーレ(京都大学)、青山 征彦(成城大学)

引用方法:

ビエニア ラファエル. 2025.「TRPG卓上のアリたち(ANTs):アクターネットワーク理論との協働によるロールプレイ理解」『RPG学研究』6号: 9j-19j.

How to Cite:

Bienia, Rafael. 2025. "ANTs on the TRPG Table: Collaborating with Actor-Network Theory to Understand Role-Playing." Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies, 6: 9e-19e.

DOI: 10.14989/jarps_6_09j

要約

[0.1] 本稿は,卓上ロールプレイングゲーム(TRPG)研究における革新的な方法論的アプローチとしてアクターネットワーク理論(ANT)を紹介するものである.物語的要素やルーディック要素を優先する分析枠組みを超え,物質的アクターがいかにしてプレイ体験を共同形成するのかを検討する.2010年から2014年にかけてドイツ国内の複数のゲームプレイ拠点で実施したマルチサイト民族誌的フィールドワークを通じて,TRPGにおける物質的エージェンシーを分析するための体系的アプローチを構築した.本研究では,物質的アクターに語りの声を与え,しばしば見過ごされがちなロールプレイング・ネットワークへの貢献を明らかにする「語るモノ(speaking materials)」という新たな方法論的技法を提示する.このアプローチは,一見雑然としたゲーム用具の配置が,実際にはロールプレイを機能させる高度に協働的なネットワークを構成していることを明らかにするものである.さらに,物質的アクターが人間の参加者,ゲームメカニクス,物語要素の間の関係を媒介する様相を示すことにより,本研究はロールプレイングゲームの物質的次元を検討するための汎用的な分析ツールを研究者に提供し,異なる文化的文脈においても適用可能であることを示す.本研究は特定のドイツのゲーミング・コミュニティに位置づけられ,かつTRPGにおけるデジタルツールが広く普及する以前に実施されたものであるが,本方法論的アプローチは,多様な文脈における物質とプレイヤーの関係を理解する上で広範な応用可能性を有している.

[0.2] キーワード:アクターネットワーク理論,ANT,物質的エージェンシー,マルチサイト民族誌,TRPG

Abstract

[0.3] This article introduces actor-network theory (ANT) as an innovative methodological approach for studying tabletop role-playing games (TRPGs). Moving beyond analytical frameworks that prioritize narrative and ludic elements, I examine how material actors co-shape gameplay experiences. Through multi-sited ethnographic fieldwork conducted across various gaming locations in Germany from 2010 to 2014, I developed a systematic approach for analyzing material agency in TRPGs. The research introduces the novel methodological technique of “speaking materials,” where material actors are given narrative voice to illuminate their often-overlooked contributions to the role-playing network. This approach reveals how seemingly chaotic arrangements of gaming materials actually constitute sophisticated collaborative networks that enable role-playing to function. By demonstrating how material actors mediate relationships between human participants, game mechanics, and narrative elements, this study provides researchers with transferable tools for examining the material dimensions of role-playing games, also across different cultural contexts. While this study is situated within specific German gaming communities and was conducted before the widespread adoption of digital tools in TRPGs, the methodological approach offers broader applications for understanding material-player relations in diverse contexts.

[0.4] Keywords: actor-network theory, ANT, material agency, multi-sited ethnography, TRPG

1. はじめに

[1.1] 春の夕日が差し込み,リビングの窓越しにオレンジ色の光が射している.友人たちと妻は『ALIEN: The Roleplaying Game』(Bowling et al. 2019) の前回のセッションを振り返りながら,私は我が卓上RPGグループをファンタジーかつホラー要素を含む異なるルールシステムの新たなセッションにどう誘おうかと考えていた.

[1.2] 「ルールが簡単で楽しかったね」と私は締めくくり,テーブルの中央に空のコップを置いた.「何が欲しい?」
「キャラクター演技だ」と友人の一人が答えたので,私はコップの隣にサイコロの入った袋を置いた.
「自分たちの行動で変化を起こせると感じたい」と妻が言って,私はテーブル中央に空のスナック容器を追加した.
「楽しさだ!それと斧はもらえる?」と別の友人が尋ね,私はうなずくと彼女は笑った.その間に,私はハーブティーの残りが入った別のカップを追加した.

[1.3] こうしてテーブルの中央にはひと塊の物が積み上がった.この即席の物質的トークンを通じて,私は次のロールプレイングのネットワークが立ち上がるのを感じている.差異を生み出すアクターたちが結び付き,エージェンシー(行為主体性)を獲得していき,ネットワークはさらに多くのアクター──次回の開催日,場所,ゲームシステム,各人の好み,期待,キャラクター,ジャンル等──を取り込んで拡大していく.

[1.4] 研究者にとって,このアクターネットワーク的アプローチは,ロールプレイングの要素を眺めるための視座を提供するだけでなく,研究上の問いに取り組むための異なる思考様式と言葉遣いをもたらす.これはゲームにおけるエージェンシーの伝統的な見方に挑戦し,人間ではないアクターをゲームプレイの意義ある構成要素として受け入れるよう,読者を説得し巻き込むことを求めるものでもある.そこで以下では,まず私が自身のロールプレイングゲーム・ネットワークに関する博士論文で用いた方法論について述べ,その後,序章で描写したものに類似した卓上RPGにおけるアクターを検討するケーススタディでこれを具体化する.

2. 方法論と理論

[2.1] アクターネットワーク理論の主たる方法論的原則は,エージェント(アクター)を「追跡し」て,それらが「構造的効果を実際に生み出している」現場に至ることにある (Latour 2005, 175; 2019, 353).私がロールプレイングを成立させる構造的効果に関心を持ったため,物質的なアクターを追跡して,彼らが卓上RPGに関与する現場へと赴いたのである.

[2.2] アクターをロールプレイングが起きる場へ追っていくためには,広範囲に及ぶエスノグラフィ調査と綿密な分析が必要となった.このアプローチは豊富で文脈依存的な知見をもたらした一方で,研究資源を多く費やすことにもなった.私のフィールドワークは博士論文研究の一部として実施され,2010年から2014年にかけて数百時間に及ぶロールプレイングの観察が可能となり,物質的アクターが実際に行為する様子を詳細に捉えることができた.私は各種のロールプレイングゲームの形態を複数回,異なる現場でプレイし,物質が果たす役割の違いを比較検討した.その参加経験の量と多様性から,私はこのフィールドワークをマルチサイトの民族誌と位置付けている (Falzon 2012; Marcus 1995).この手法により,複数の場を訪れて時空間にわたる関係性を明らかにし,物質がロールプレイングのプロセスを機能させる仕組みを深く理解することが促された.もっとも,本研究は特定の文化(ドイツのロールプレイング・コミュニティ)に根差しており,その点は限定事項として留意すべきである.しかしながら,本稿で提示する方法論的アプローチは,異なるゲームの伝統や物に対するアプローチが存在していも (Zagal・Deterding 2018),本研究で用いる方法論的アプローチは,他の文化的文脈においても応用可能である.

[2.3] 私はゲームセッションの前中後にわたり,物質を追跡した.ゲーム参加者の中には,セッションの合間に次回への準備として戦利品カードを作成したり,ゲーム終了後にルールブックを隅々まで読み込む者もいる.したがって,私はゲーム卓で観察するだけではなく,プレイヤーたちと対話し,彼らがロールプレイングゲームに関する実践的経験や理論知識を活発に議論する場にも積極的に身を置いた.「傍観するだけ」に留まらない (Michielse 2015, 35) 能動的な参与観察を行うことで,セッション外における物質の役割や,物質に関するプレイヤーの認識をより深く理解することができた.

[2.4] アクターを追跡するためには,ロールプレイが行われる多様な場――居間,酒場,旧軍事施設,ユースホステル――を訪れる必要があった.1 研究者として,ロールプレイングゲームは非参加型の観客をほとんど想定していないため,私はゲームセッションに参加した.セッション中に物質的アクターを追跡するために,私は民族誌学に根ざした「アクターを追う」アプローチを用いたのである (Latour 1988; Latour 1999; 日本語訳, ラトゥール 1999)

[2.5] データ選定の方法論について述べた上で,次に問題となるのは,どのように結果を選択し提示したかという点である.アクター・ネットワーク理論に基づくことは,根本的にはデータについていかに語るかということに関わっており,それはデータを論じるための別様のアプローチを可能にする下位言語として機能するのである.

[2.6] アクター・ネットワーク理論は,先入観に対して不可知論的な立場を強調し,アクターを追跡することへのコミットメントを前提とするが,それでもいくつかの概念を用いている.本稿では,ANTに不案内であるかもしれないゲーム研究の読者のために,これらの概念を導入する.アクター・ネットワーク理論は理論というよりも,方法論あるいは言語として機能するのである.ここでいう「概念」――アクター,ネットワーク,エージェンシー,媒介子,および中間項――は定義ではなく,経験的事象を指し示す用語である.それらはフィールドワークを通じて収集された経験的証拠によって意味を与えられる必要のある空の器に過ぎない (Latour 2004; 日本語訳, 2007; Sayes 2014; Venturini 2010).「概念」という語を引用符で囲むのは,それらが経験的事象を記述するための下位言語を形成しているからである.ラトゥールが説明しているように (2005, 174; 2019, 351),「それらは地図化されるものそのものを指し示すのではなく,そのような領域からいかなる事象でも地図化することを可能にする方法を指し示している」のである.

[2.7] アクターとは,他の要素に差異を生じさせ,かつある過程において別の要素を指し示す存在であり,たとえば,自転車からの跳躍の成否をプレイ中のゲームにおける陸上競技のルールに従ってサイコロを振って決定する場合などがそれに該当する.アクターという語は,特定の場において観察された過程に結びついているため,分析的価値をもつためには経験的証拠が必要である.研究者は,その行為に関する経験的証拠が存在する場合にのみアクターを特定できる.なぜなら,「事態に差異を生じさせることで状況を変化させるものは何であれアクターである」からである (Latour 2005, 71; 2019, 141).したがって,何がアクターを構成するのかは,行為が追跡されるまでは不確定なのである.

[2.8] この不確実性は,アクター・ネットワーク理論が存在論的な問いに答えるための安定した枠組みではなく,現象の再考を促す探究の様式として機能することを意味する.それは,新たな問いを開く認識論的な不確実性を研究者に経験させる.以下では,この不確実性がいかに生産的たりうるかを段階的に説明する.

[2.9] ペンと紙を用いて書くとき,人間だけがそれを担う唯一のアクターなのか,あるいはそうではありえないのか.アクターとは「行為するもの,または他者によって活動を付与されるものである.それは個々の人間アクターや人間一般に特別な動機づけがあることを意味しない」 (Latour 1996, 375).鉛筆は,フェルトペンとは異なる書き方を私にさせることによって作用する.紙もまた作用しうるが,全体に差異を生じさせるときにのみアクターとなる.アクター・ネットワーク理論は,効果は単一の要素の本質に由来するのではなく,アクターの協働から生じると強調する (Latour 2011).鉛筆,紙,そして手が協働することによって,タイピングとは異なる書字が生じるのである.

[2.10] アクターは,他のアクターとの相互作用を通してのみ,識別可能なアイデンティティをもつ.鉛筆が手や紙とともに書くとき,私はそれらとの関係において鉛筆をアクターとして語ることができる.過程から一つでも協働者を取り除けば,書字は成立しない.鉛筆は紙や手なしには書かず,紙は鉛筆や手なしには文字の痕跡を示さず,手は筆記具や紙なしには書かない.私は,書字というアイデンティティを与える行為なしにはアクターの協働を論じることはできない.この集団的な行為によってこそ,私はアクター――それが鉛筆であれ,ロールプレイングゲームにおける他の素材であれ――を語ることが可能になるのである.

[2.11] アクターとは,他の要素と関係しながら作用するあらゆる要素を指し,それゆえ非人間的な存在であってもアクターとして認識されうる.プレイヤー,デザイナー,研究者はこれまで伝統的に,ロールプレイングをもっぱら人間的営為として理解してきた.ロールプレイングとは,人間が「~であるかのように」演じ,目を開けたまま夢見ることではないのか.しかし,非人間的アクターが行為に関与するのであれば,本研究は,それらがロールプレイングの過程においていかに協働しているのか,そしていかに人間中心主義を単に物質主義へと置き換えることなくそれを論じうるのかを検討しなければならないのである.

[2.12] 物質的アクターには,「モノ,対象」 (Latour 1993, 13; ラトゥール 2008, 32),「微生物,ホタテガイ,岩,船」 (Latour 2005, 11; 2019, 35),道具,技術的人工物,物質的構造,輸送機器,テクスト,経済的財などが含まれる (Sayes 2014, 136).これらの例は,物質的アクターが日常的なモノから原材料まで幅広く存在することを示しており,特定の形態に理解を限定してしまう「対象」や「玩具」よりも「物質的」という語がより適切であることを示している.物質的アクターは,象徴的・感情的・抽象的アクターと異なるのは,それらのように作用できないからではなく,本論で焦点を当てているのがその物理性だからである.物質的行為とは,単に因果的に支配された行為を指すのではなく,精神的過程と協働しうる物理的行為をも含む.文を構成することと重力は無関係に見えるかもしれないが,鉛筆で紙にグラファイトの痕跡を残しながら文を書くことを想像すれば,そうではないことがわかる.この視点は,書字を物質的行為と精神的行為がともに関与する過程として理解する別の見方を与え,グラファイト芯が文の言い換えという行為といかに協働しているのかを理解するうえで妨げとなっている心身二元論を解消するのである.

[2.13] 物質的アクターそのものに立ち戻ろう.鉛筆は物理的なものであるため,木材,グラファイト,接着剤,塗料といった他の物質的アクターから構成されており,一定の重さ,形状,耐久性をもっている.鉛筆を他のアクターから成り立つものとして見るならば,視点は変化し,鉛筆はアクターのネットワークとして捉えられるようになるのである.

[2.14] ネットワークとは,協働するアクターたちの集合体あるいはアンサンブルであり,そのアクターたちが一貫した仕方で行為を反復することで安定性を獲得する.ロールプレイングゲームをネットワークとして言及する際には,私は異質なアクターたちの協働的営為に関心を寄せているのである.

[2.15] アクター・ネットワーク理論は,物質的アクターが時間と空間を越えて他のアクターを集める能力を強調しており,これは「遠隔作用」 (Latour 1988, 222; ラトゥール 1999邦訳, 314)と呼ばれる現象である.ネットワークの安定性は,本来は一時的な集合にすぎなかったものを,物質が繰り返し行為として遂行することによって生じる.たとえば,「5ダメージポイント」という情報を繰り返し参照するために保持したい場合,それを紙に書きつけることができる.紙は「5ダメージポイント」というグラファイトの痕跡を帯び,私はもはやそれを口にする必要がなくなる.なぜなら,紙が私と鉛筆と紙という一時的な集合によって行われた行為を繰り返しているからである.

[2.16] したがって,物質は「もはや存在していないアクターが明確な影響力を及ぼすことを可能にする」のである (Sayes 2014, 140).この影響は差異を生じさせるが,「影響」という語は,相互関係的な行為から生じるものとして理解されなければ誤解を招きかねない.空間と時間を越えて関係性を保持することは,人間が物質的アクターに求める機能の一つである.私が関心を寄せるのは,物質が過程の一部となるとき,ロールプレイングが空間と時間を越えていかに変化するのかという問いなのである.

[2.17] ラトゥールによれば,「ネットワーク」には二つの意味がある.

[2.18] You see that I take the word network not simply to designate things in the world that have the shape of a net […] but mainly to designate a mode of inquiry that learns to list, at the occasion of a trial, the unexpected beings necessary for any entity to exist. A network, in this second meaning of the word, is more like what you record through a Geiger counter that clicks every time a new element, invisible before, has been made visible to the inquirer (Latour 2011, 799).2

[2.19] 存在論的な意味においては,ネットワークとはアクターたちの異質的な協働を指す.認識論的な意味においては,探究者がそれらを認識し記録することによって可視化される関係的過程を指す.この文脈において,ネットワークは過程への関与感覚を促すことで物質的アクターを明らかにする認識論的道具として機能する.アネマリー・モルのような研究者たちは,アクター・ネットワーク理論を伝統的な理論として適用することを避け,むしろ理解を深める現象への接近のあり方――感受性――として扱っている (Mol 2010).このことは,本稿における二つの水準――存在論的(水準:ロールプレイングとは何であるか)および認識論的(水準:ロールプレイングについていかに知るか)――の双方に関わっているのである.

[2.20] アクターは「魔法の杖,小人,妖精の心に浮かぶ思考,あるいは二ダースのドラゴンを倒す騎士といったものの作用によって行為するように仕向けられうる」のである (Latour 2005, 54; 2019, 110).ラトゥールは,アクターはときに意外な他のアクターに代わって行為することを指摘している.エージェンシーとは,ロールプレイングのように,同一の目標に向けて異質なアクターたちが行為することを指す.アクターとエージェンシーの違いは,アクターが何かを行う存在であるのに対し,エージェンシーは「アクターに何かをさせるさまざまな方法」を説明するものであるという点にある(同上, 55; 邦訳, 112).

[2.21] 「差異を生じさせること」は,社会理論において議論の多い概念であるエージェンシーとして概念化されてきた.初期のゲーム研究においては,エージェンシーは人間の能力として定義されていた (Wardrip-Fruin et al. 2009).これらの定義は,エージェンシーを能力として理解する点では共通しているが,その能力がいかに発動するのか――内在的な力としてか,あるいは関係的な効果としてか――という説明においては異なっている.アクター・ネットワーク理論は,エージェンシーを追跡可能なものとしてではなく,研究者が経験的痕跡を観察したときにのみ存在する差異生成的な過程を指す語として捉える点で異なっている.したがって,エージェンシーは出来事に関与するものを探究するための出発点となるのである.

[2.22] ゲーム研究におけるような内在的な力ではなく,アクター・ネットワーク理論においてエージェンシーは,複数の行為を一つに束ねる過程を指す.ロールプレイングという文脈においては,この「束ねる」行為は,異質なアクターたちの相互関係から生じる.これらのアクターたちは結びつきを形成し,それらが一体となって流れることでロールプレイングゲームのネットワークを形成し,ロールプレイングが機能することを可能にしているのである.

[2.23] 媒介子とは,実装の過程においてネットワーク内の他のアクターの行為を変化させる存在である.媒介子は自らのエージェンシーを他のアクターの過程に刻み込む.「媒介子は,自らが運ぶとされる意味や要素を変換し、翻訳し、ねじり、手直しする」のである (Latour 2005, 39; 2019, 74).チェスにおける時計は媒介子であり,チェスゲームのネットワークの作動の仕方を修正することで,チェスを「早指しチェス」へと変容させるからである.

[2.24] 中間項とは,意味や力をそのまま移送(トランスポート)する.「An intermediary, in my vocabulary, is what transports meaning or force without transformation: defining its inputs is enough to define its outputs」(原文強調, Latour 2005, 39; 2019, 74).3 早指しチェスにおける中間項の一例は木製のチェス盤であり,それは64のマス目を提示するという行為を繰り返し,チェスをプレイするエージェンシーを変化させることなく伝達しているのである.

サイドバー:ロールプレイングのアクター・ネットワーク研究のための語彙

[2.25] 研究者は,あるアクターを中間項として分類すべきか媒介子として分類すべきかについて常に不確実性を抱えており,まさにこの不確実性こそがアクター・ネットワーク研究を開始させるのである (Latour 2005, 39; 2019, 74).ラトゥールは,そのアクターが媒介子として重要であるかどうかを「そのアクター自身に問いかける」ことを提案している.もう一つのアプローチは,不在を考慮することである.すなわち,チェス盤のないチェスや,衣装のないライブアクション・ロールプレイングゲームを想像してみるのである.この方法は,研究においてアクターを特定するうえで有用である.

[2.26] 私のフィールドワークおよびアクター・ネットワーク的視座から,アクター・ネットワーク理論とロールプレイングゲーム研究の概念を架橋する専門的な語彙を構築した.この語彙は,ロールプレイングにおけるネットワーク内の物質およびエージェンシーを分析するために用いたものであり(サイドバー参照),本稿を執筆するうえで有用であった.以下では,この語彙を基盤として,それが卓上ロールプレイングゲームの分析にいかに適用可能であるかを示す.

3. 卓上ロールプレイングゲーム

[3.1] 現在の形態における卓上ロールプレイングゲームは,1974年に商業的に発売された『ダンジョンズ&ドラゴンズ』 (ガイギャックス・アーネソン 1974)以来,発展を遂げてきた.細部の差異はあるものの,多くのシステムは,ゲームマスターが虚構世界を描写し,プレイヤーがキャラクターを操作し,ルールが行為の結果を決定するという構造を基本としている.卓上ロールプレイングゲームにおいてプレイヤーは,自らのキャラクターの行為をリアルタイムで叙述し,すべての参加者が展開中の出来事に同時に関与する.ゲームマスターは,しばしばルールやサイコロを用いて,その行為が成功するか否かを決定する.プレイヤーがキャラクターに困難な行為をさせようとする場合,ゲームマスターは関連する能力値によって修正されたサイコロの判定を要求することがある.物語的アクター(ストーリー)とルーディックなアクター(ルール)の相互作用はこれまで広く研究されてきたが,物質的要素は2015年までほとんど注目されてこなかった.本稿は,主として筆者の学位論文『Role Playing Materials(ロールプレイングの物質)』(2016)に基づいている.本論文は,物質がいかに貢献しているかを検討し,卓上ロールプレイングゲームがいかに機能しているのかについて新たな理解を提示する.本稿は,卓上ロールプレイングゲームがどのように機能するかを理解するための手がかりを提供する.さらに重要なことに,本アクター・ネットワーク研究は,物語的・ルーディック・物質的アクターがいかに協働して卓上ロールプレイングゲームのネットワークにおけるロールプレイングを成立させているのかを明らかにするのである.

[3.2] 卓上ロールプレイングゲームのセッションを観察すると,その場は混沌としているように見える.
スクラップ用紙の上に清涼飲料のボトルが立っている.プレイヤーがプラスチックのボウルをテーブルの端に動かす.BGMが三人の会話を包み込む.一人のプレイヤーが自らのキャラクターの次の行動を説明する.別の二人が,紙とサイコロの上に置かれた開いた本を前にルールについて議論している.数時間にわたりスマートフォンは一切使われていない.簡易的に描かれた平面図の上にミニチュアが集まっている.プレイヤーの一人がカカオの箱を手に取る.一人のプレイヤーがキャラクターの行動を叙述する間,ゲームマスターはボール紙のスクリーンの裏でメモを取っている.スクリーンの前にはポテトチップスの袋とさまざまな種類のサイコロが置かれている.ゲームマスターは声色を変え,ノンプレイヤーキャラクターを演じる.テーブルの端には本が置かれ,その周囲にサイコロが散らばっている.天井の照明は点いたままであり,窓にはグループの姿が映っている.フォルダーには空の封筒と鉛筆が収められており,その下にはさらにスクラップ用紙が重なっている.

[3.3] この一見した無秩序は,複雑なアクター・ネットワークを構成している.本稿の範囲に収めるため,本論で取り上げる物質的アクターを五つ――照明,テーブル,キャラクターシート,鉛筆,そしてゲームマスター用スクリーン――に限定する.これらは物質的アクターのエージェンシーを示すには十分であると考えられる.ゲーム研究においては異例のアプローチとして,本稿ではこれらの分析を物質側の視点から提示する.

[3.4] したがって,以下の節では「語る物質(speaking materials)」という概念を導入する.これは,ロールプレイング・ネットワークにおける物質的アクターのエージェンシーを明らかにするために,物質に声を与えるという技法である.このアプローチは,物質にプレイへの貢献を「語らせる」ことで,ゲーム研究における従来の人間中心的な分析を相対化するものである.広範なフィールドノートおよびプレイヤー・インタビューに基づき,これらの物質による一人称的な語りは分析的装置として機能し,これまで見過ごされがちであった卓上ロールプレイングゲームの物質的エージェンシーを可視化する.人類学に先行例をもつこの技法は,研究者の立場性が物質の声を形づくることを踏まえつつ,異なる文化的文脈やゲームシステムにおける物質的エージェンシーを検討するための独自の手段をゲーム研究者に提供するのである.

[3.5] 照明:プレイ空間を照らす.

私はテーブルの上に円を描くように照らしている.この円の境界を越えると部屋は暗闇に沈み,それによって注意をそらす要素を排除している.絵画,家具,本棚,コンピュータ,テレビなど,その他のモノはゲームの一部ではなくなる.部屋の残りを暗いままにしておくことで,日常的なモノがプレイヤーに日常生活を想起させることがなくなる.プレイヤーはこれを好む.なぜなら,彼らは共有された想像上の空間に没入できるからである.ロールプレイングには集中力が必要であり,私の役割は必要なものを照らし出し,残りの世界を遮断することである.

[3.6] 照明は,キャラクターシートやサイコロといった重要なゲーム用具を照らし出すため,ゲームプレイに不可欠である.光はプレイヤーが小さな数字を読み取り,微細な非言語的表情に気づくことを助ける.しかし,光は強すぎてはならない.弱められ,焦点を絞った光は,プレイヤーがリラックスしゲームに没入することを可能にする快適な雰囲気を生み出すのである.

[3.7] 照明はまた,物語を支援するためにゲームプレイ中に変化する.キャラクターがダンジョンやホラー場面に入るとき,プレイヤーは雰囲気を高めるために照明を暗くすることがある.この変化は,物質的アクター(光)と物語的要素(恐怖的な舞台設定)との協働的な関係を表しており,プレイヤーが共有された想像上の世界に没入することを助けるのである.

[3.8] テーブル:中心的なプラットフォーム.テーブルは空間を提供し,各プレイヤー,ゲームマスター,およびその間にある共有空間を分節化する.プレイヤーは,自身の前に位置することが多い個人的な領域の広さに応じて,自らの用具を配置する.個人的なゲーム用具(キャラクターシート,サイコロ,鉛筆)はこの領域内に置かれ,共有物(食べ物,ルールブック)は個々の領域の交差部分に置かれる.

[3.9] 私は人々を互いに関係づけて配置する.全員が互いにほぼ等しい距離を保って座る.私の高さは椅子の高さと対応しており,その結果としてプレイヤーとゲームマスターは全員が同じ視線の高さになる.この等しい視線の高さは,プレイヤー間におけるフラットなヒエラルキーを支えているのである.

[3.10] テーブルと椅子はプレイヤーたちを共通の中心を囲むように同じ高さで幾何学的に配置し,権力関係に影響を与える空間的ヒエラルキーを形成している.この幾何学的配置によって,全員が互いを視認し,声を聞き取れるようになり,それは共有された想像上の空間を創出・維持するために不可欠である.プレイヤーが語られた内容を聞き取れない場合,その物語部分は共有されたものとはならないのである.

[3.11] 安定性は,テーブルの物質的エージェンシーにおけるもう一つの重要な側面である.安定していないテーブルは,注意深く配置されたゲーム用具の秩序を乱す危険がある.たとえば,プレイヤーが戦闘マップ上でキャラクターの位置を示すためにミニチュアを用いている場合,不安定なテーブルが揺れるとこれらの駒が乱れ,物質的要素と物語的要素との結びつきが断たれ,秩序が回復するまでゲームプレイが中断されてしまうのである.

[3.12] キャラクターシート:キャラクターの物質的具現.キャラクターシートは複雑な文書であり,キャラクターの能力値,技能,特技,装備,その他の詳細情報を含むさまざまな形状の区画に分かれている.『ダンジョンズ&ドラゴンズ』や『ALIEN』のような多くのゲームシステムでは,キャラクターには少なくとも4枚のシートが必要とされ,さらに特殊能力,呪文,キャラクター背景,イラスト用の追加ページが加わることもある.

[3.13] 私はテーブルの上で目立つ位置を占めている.プレイヤーの前に置かれ,プレイ中に使用される準備が整っている.プレイヤーは私に記された数値に目を走らせる.鉛筆が私の表面に書き込みを行い,消しゴムがそれを再び消去する.キャラクターが共有された想像世界の中で戦うとき,私の一部が生死を決定する――ヒットポイントを記した欄である.この数値はキャラクターの体力に関わるものである.

[3.14] キャラクターシートは,ゲームプレイ中を通して常に参照可能でなければならない.プレイヤーは行為の試行時や戦闘中に,自らのキャラクターの能力を判断するため,頻繁にこれを参照する.キャラクターシートの大きさは,テーブル上で各プレイヤーに必要とされる最小限の個人的空間を規定する.他の用具がこれを覆ってはならないのである.

[3.15] キャラクターシートの物質性は重要であり,プレイヤーは数年に及ぶこともあるキャンペーンを通してこれを大切に扱わなければならない.コーヒーの染み,鉛筆による書き込み,ゲーム中の引用,落書きなどが時間とともにシートの一部となり,物語的側面だけでなくキャラクターの歴史の物質的痕跡を形成する.キャラクターシートはロールプレイングを記録しており,これらの痕跡はネットワークの一部となるのである.

[3.16] キャラクターシートが失われたり破損したりすると,キャラクターとプレイヤーの関係性が断たれ,キャラクターに追加されていた装備,仲間,呪文などの詳細を思い出しながら新たなシートを作成するという時間のかかる作業を強いられる.このような物質的脆弱性はプレイヤーの行動に影響を及ぼし,この重要なゲーム要素を丁寧に扱い保護することを促す.キャラクターシートはしばしば保管され,数十年後に再発見されることもある.このようにキャラクターシートという物質的アクターは,プレイヤーの歴史や記憶,キャラクターやゲーム体験への感情的なつながりを保存する個人的アーカイブとなる (Tchernavskij et al. 2022).さらに,それらは文化的遺産を共創する潜在性をも備えているのである (Rezende・Portinari 2023)

[3.17] 鉛筆:動的な書き込み手.鉛筆は,濡れてもグラファイトが滲まないため,ペンよりも好まれ,キャラクターシートにとってより信頼できる味方となる.鉛筆を忘れることは,準備不足やゲームへの真剣さの欠如と見なされることがあり,しばしばお菓子を忘れるよりも大きな妨げとされる.

[3.18] 私は尖った芯とキャラクターシートの隣の定位置を求める.そうすれば遅滞なく働くことができる.私は手元にあれば即座に行動する.スタンバイモードから立ち上げねばならないノートパソコンでも,電源を入れねばならないタブレットでもない.私は常に起動しており,必要なときにすぐ使えるのだから,どうか私を手元に置いておいてほしい.

[3.19] 鉛筆の形状は人間の手に快適に収まるように進化しており,その六角形の軸はテーブルから転がり落ちるのを防いでいる.鉛筆はキャラクターシートへの迅速な変更を可能にし,戦闘中に呪文などの情報を容易に更新することをプレイヤーに許しているのである.

[3.20] 鉛筆はゲームネットワーク内のさまざまなアクター間に関係性を構築する.それは,使いやすさや大きさを通じて物質的アクターと結びつき,キャラクターの行為や物語の進展を記録することで物語的アクターと結びつき,計算の多いゲームプレイにおいて素早い数値の記入や訂正を通じてゲームルールの力動を伝達することでルーディックなアクターと結びついているのである.

[3.21] ゲームマスター用スクリーン:境界をつくるもの.

自己紹介をさせてもらいたい.私はゲームマスター用スクリーンである.通常,両面印刷された厚紙でできている.私の形は四連パネル(クアドリコン)であり,四つの同じ大きさのパネルが一列につながっている.名前が示すとおり,私はゲームマスターの味方であり,重要な存在なのである.

[3.22] ゲームマスター用スクリーンは,テーブルをプレイヤー側とゲームマスター側に分けることで物理的な境界をつくり,ゲームマスターとプレイヤーのあいだにあるルーディックかつ社会的なヒエラルキーを強化する.また,ゲームマスターがメモを確認したりサイコロを秘匿して振ったりすることを可能にすることで戦術的機能を果たし,サスペンスを生み出し物語的な驚きを保持するのである.

[3.23] スクリーンは通常,異なる印刷が施された二つの面をもっている.ゲームマスター側に向いた面には,リファレンステーブルやルールの要約など,ルールブックを逐一参照せずにゲームプレイを管理するのに役立つ情報が記されている.プレイヤー側に向いた面には物語世界を表す図像が描かれており,プレイヤー各自の想像を共有された想像へと同期させるのに寄与しているのである.

[3.24] しかし,スクリーンは時としてロールプレイングを妨げることがある.たとえば,ゲームマスターが異なるノンプレイヤーキャラクターを身体言語や表情によって演じる際に,スクリーンがこれらの視覚的手がかりを遮ってしまい,ゲームマスターの身体的パフォーマンスと想像上のキャラクターの行為との関係性を断ってしまうことがあるのである.

[3.25] これらの物質的アクターの視点から得られた知見によって,ゲーム研究者全般,とりわけロールプレイングゲーム研究者は,ネットワークへの新たなアプローチをとることができる.このような物語的手法でフィールドデータを処理することによって,何が得られるのだろうか.異なる視点を提供することにとどまらず,本アプローチはロールプレイングという複雑な過程に分け入る新たな問いを立てることを可能にし,人間的エージェンシーと物質的エージェンシーという二元論を越える.新たな問いを立てる能力は,いかなる研究者にとっても最も刺激的で重要な課題の一つなのである.

4. 結論――あるいは消灯

[4.1] 私はロールプレイングゲームのセッション中に物質的アクターを観察し,年代順でもアルファベット順でも,その他の重要性に基づく順序でもない,雑然としたリストを得た.異なる物質的アクターを追跡することで,この混沌を理解するのに役立つ行為や,2010年代前半に私が学位論文を執筆した時点までの先行研究が見落としていた行為に気づくことができた.卓上ロールプレイングゲームを,たとえば協働的な物語創作ゲーム (Mackay 2001)や,六つのルーディックなアクターから構成される構造 (Hitchens・Drachen 2009)として解釈することは依然として可能である.しかし,卓上ロールプレイングゲームは同時に,光,テーブル,バトルマップ,キャラクターシート,鉛筆,ゲームマスター用スクリーン,その他の物質から成るネットワークでもある.ルーディックなアクターである「ゲームシステム」に関する従来の研究は,キャラクターシートがテーブル上でどの位置に置かれるのかを説明しない.物語的アクターに関する研究も,TRPGを「断片的かつ参加型の物語創作システム」として分析しているため,鉛筆がどのように機能しているのかを説明しない (Mackay 2001).物質に関する研究は,たとえばなぜ多くのプレイヤーがペンやモバイル端末ではなく鉛筆を用いるのかを説明できるため,必要なのである.このような研究は,鉛筆とキャラクターシートとの関係性を認めるとともに,物質的・物語的・ルーディックなアクターの間にさらなる結びつきがあることを示す.このような知見は,卓上ロールプレイングゲームのネットワークにおける一見雑然とした行為を解きほぐす助けとなるのである.

[4.2] 本稿は必然的に,従来型のロールプレイング用具や実践に慣れ親しんだ既存のゲーミング・コミュニティに焦点を当ててきた.今後の研究では,初心者を対象とした導入的なゲームにおいて,物質的アクターがゲーム概念の教授・学習において重要な役割を果たす状況で,それらがいかに機能するのかを探究することが考えられる.さらに,高品質なミニチュア,専用テーブル,膨大なルールブックコレクションといった特定の用具へのアクセスに社会経済的要因がいかに影響するかを検討することは,経済的格差が物質的ネットワークをいかに形成し,認知的・身体的支援を必要とする人々に対する参加の障壁を強化あるいは緩和しうるのかを明らかにするであろう (Belogur 2024)

[4.3] この混沌を理解する鍵は,卓上ロールプレイングゲームにおける物質が孤立して作用しているのではないことを認めることである.光,テーブル,バトルマップ,キャラクターシート,鉛筆,ゲームマスター用スクリーン,その他の物質は,互いに社会的関係のなかで作用している.したがって,それらは相互間および他のアクターとの関係の形成のされ方に影響を及ぼす.さらにそれらは,他のアクター間の関係がいかに形成されるかに対して遠隔的に影響を及ぼす.たとえば,ゲームマスター用スクリーンがテーブル上で移動すると,ゲームマスターとプレイヤーのあいだの領域構造が再編される.この再配置は,他の物質がどのように配置されるかを変化させ,それらの関係性をスクリーンとの関係だけでなくそれを越えて変化させる.ゲームマスター用スクリーンがより広い空間を占有するためにキャラクターシートを動かさなければならなくなれば,鉛筆,消しゴム,コーヒーカップ,その他の物質的アクターもまた移動しなければならない.この例は,ゲームマスター用スクリーンの移動がテーブル上の他の物質にとってより多く(あるいはより少ない)空間を生み出すことで,この一見雑然としたネットワークに幾何学的秩序が生じることを説明している.サイコロはゲームマスターの領域から遠ざけられ,ルールブックはテーブルの端に置かれ,食べ物の入ったボウルはスクリーンの前に移動するのである.

[4.4] 本稿では六つの物質的アクターを取り上げたが,研究対象となりうるものは他にも多数存在する.本研究の実施後,COVID-19のパンデミック期に広く普及したデジタルツールは一つの大きなカテゴリーであるが,本稿では対象から除外した (Belogur 2024).また,筆者の学位論文ではデジタル/非デジタルという二元論について一章を割いて論じているため,その理由からも除外した (Bienia 2016).キャラクターシート,ゲームマスター用スクリーン,バトルマップは,卓上ロールプレイングゲームというジャンルを研究する際には自明の選択といえる.テーブルと鉛筆を選んだのは,多くのプレイヤーがそれらの重要性を自覚しているにもかかわらず,それらが果たしている能動的役割についてはほとんど知られていないからである.一部のデザイナーはゲームセッションに追加の物質を用いることを提案しているが,ルールブックはそれらを通常,静的で雰囲気的な性質をもつ小道具として記述している (Oracz 2010; Rein·Hagen 1991).このような場合,たとえ特別な小道具であっても雰囲気を生み出す資源にとどまり,それ以上の役割を果たすことはない.グループはこうした雰囲気的な小道具を取り入れるか完全に省くかを選択できる.筆者がこれらを扱わなかったのは,フィールドワークにおいて一貫して存在していたわけではなかったからである.筆者が,ほぼすべての卓上ロールプレイングゲームのセッションに常に存在していた六つの物質的アクターを選んだのは,いかなる物質であってもゲームセッションに貢献しているという点を示すためであった.したがって,テーブルのような日常的なアクターを選ぶことによって,差異を生み出すいかなる物質もロールプレイングゲームのネットワークにおいて重要な要素となりうることを示したのである.

[4.5] 最後に最も重要な点は,物質をそれ自体として捉えたり本質的性質を求めたりするだけでは不十分であり,物質がいかに協働しているのかを追跡しなければならないということである.相互関係的な過程を追跡することによって,卓上ロールプレイングゲームのネットワークがもつ複雑性への理解は拡張される.卓上ロールプレイングゲームがいかに機能しているのかを理解することは,この一見雑然としたネットワークや,この見かけ上の混沌がいかにロールプレイングを持続させているのかを説明する助けとなる.物語的アプローチが研究者にとって有用であるのならば,物質に語らせればよい.そもそも,概念的に扱いづらく論争的ですらあるにもかかわらず,アクターネットワーク理論は,答えを探す営為を生産的なものに保ち続ける助けとなるのである.

[4.6] 『ALIEN The Roleplaying Game』のセッション後にゲームマスターが空のスナック容器を再利用し,ハーブティーのカップとサイコロの袋を用いてから五週間後,テーブルの上には新たなネットワークが形成され,卓上ロールプレイングゲームのセッションを構成するアクターが加わっていた.タブレット上の検索可能なPDF,各キャラクターや共有された物語世界の主要な場所を紹介するために丁寧に書き込まれたテキスト,ジュークボックスとして使われる古いスマートフォンと『Tabletop Audio』からダウンロードされたMP3ファイルを流すBluetoothスピーカーなどである.ゲームマスターとその妻は仲間のプレイヤーを迎え入れ,テーブルを囲んで腰を下ろす.アクターたちは物質から人間へ,人間から物質へ,そして再び物質から人間へと視線を送り合ったが,もはやどちらがエージェンシーをもっているのかを言い表すことはできなくなっていた.

注記

  1. 但し書き:本研究は,「Let’s Play(プレイ動画)」やソーシャルメディア上でのライブセッションが台頭する以前に実施されたものである.↩︎

  2. 「ネットワーク」という語を,網の目のような形をした世界内のモノを指し示すものとしてだけではなく,むしろ何らかの存在が存在するために必要な予期せぬ存在たちを,試行のたびに列挙することを学ぶ探究の様式を指し示すものとして用いていることが分かるだろう.この語の第二の意味におけるネットワークとは,むしろ,これまで不可視であった新たな要素が可視化されるたびにクリック音を発するガイガーカウンターを通じて記録されるものに近いのである.↩︎

  3. 中間項は、私の擁護法では,意味や力をそのまま移送(トランスポート)する(別のところに運ぶ)ものである.つまり,インプットが決まりさえすれば、そのアウトプットが決まる.↩︎

参考文献

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