Igarashi Ririka, and Aoyama Masahiko. 2022. “TRPG de no rōrupurei ni oite pureiyākyarakutā o sōsaku suru koto no imi: Kyarakutā no jendā to rekishi ni tsuite no settei o chūshin ni” [What it Means to Create Player Characters for Tabletop Role-playing Games: Focusing on Setting a Character's Gender and History]. Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies, 3: 59-69.
引用方法:五十嵐 梨々花, 青山 征彦. 2022. 「TRPGでのロールプレイにおいてプレイヤーキャラクターを創作することの意味: キャラクターのジェンダーと歴史についての設定を中心に」『RPG学研究』3号: 59-69.
DOI: 10.14989/jarps_3_59[0.1] テーブルトップ・ロールプレイング・ゲーム(TRPG)では,プレイヤーが自由にプレイヤーキャラクターを創作することができる.そのことが,プレイヤーにとってどのような意味があるのかを,インタヴュー調査とフィールド観察という2つの調査から探索的に検討した.その結果,プレイヤーは自分とは異なるジェンダーのプレイヤーキャラクターを創作するなどして,普段の自分とは違う自分になっていること,プレイヤーだけでなくプレイヤーキャラクターも込みにしたコミュニティがロールプレイを支えていると考えられた.なお,本研究で得られた知見がごく限られたコミュニティから得られたものである点は,本研究の限界である.
[0.2] キーワード:ジェンダー,プレイヤーキャラクター(PC),ロールプレイ,TRPG
[0.3] Tabletop role-playing games (TRPGs) allow players to freely create their own player characters. We conducted an exploratory study of the significance of this fact for players through two studies: An interview survey and field observations. As a result, we found that players create player characters of different genders from their own, becoming different from their usual selves. They create a TRPG community that includes not only the players but also their player characters, which supports the role-playing. The fact that the findings of this study were obtained from a very limited community is a limitation of this study.
[0.4] Keywords: gender, player character (PC), role-play, TRPG
[1.1] 本論文では,プレイヤーが自由にプレイヤーキャラクター(以下PC)を創作でき,作成したPCでロールプレイを楽しむというTRPGの特徴が,プレイヤーにとってどのような意義を持っているのかを検討する.一般的に,TRPGでは,プレイヤーは自身の好みに合わせてプレイヤーキャラクターを自由に作成することができる.どのようなゲームルールのもとにプレイするかにもよるが,種族や年齢,ジェンダー,成育歴,趣味など,PCに設定できる要素は多種多様である.ゲームルールによっては必ず設定しなければならない要素もあるが,それ以外に関しては,プレイヤーの好みに応じて設定できることが多い.PCをプレイヤー本人に似たものにする必要はないため,女性プレイヤーが男性PCをつくるなど,PCをどのように作り込むかは,かなりの程度までプレイヤーに委ねられていると言ってよい.このような特徴をもったPCをロールプレイに用いることは,プレイヤーにとってどのような意味があるのかを,インタヴューやフィールド観察に基づいて検討してみたい.
[1.2] ロールプレイは,TRPGだけで行われていることではなく,すでにさまざまな場面で活用されているし,研究も多くなされている.もっともよく知られたものとしては,ロールプレイの治療的な側面に着目したモレノのサイコドラマがあげられるだろう(台 1982; 前田 2002; モレノ 2006).サイコドラマは演劇性のある集団精神療法の1つであり,安全かつ自由が保証された舞台でクライエントに演劇(特に即興劇)を実践させる手法である(前田 2002).
[1.3] また,近年,ヴィゴツキー心理学の再解釈で注目されているホルツマンは,インプロ(即興劇)や,インプロを採り入れた集団療法であるソーシャルセラピーで,自分ではない誰かを演じる意義を論じている(ホルツマン 2014).自分ではない誰かを演じるのは,ロールプレイそのものであることを考えると,ホルツマンの議論はロールプレイの意義を理解する上で有用であると考えられる.
[1.4] ただし,TRPGでなされているロールプレイは,モレノのサイコドラマや,ホルツマンの実践でなされているものとは,いくつかの点で異なっている.また,コンピュータゲームにおけるRPGと,TRPGのあいだにも大きな違いがある.これらの他の手法との違いに着目すると,TRPGでなされているロールプレイには以下のような特徴があると考えられる.
[1.5] このように, TRPG におけるロールプレイは,他の手法におけるロールプレイとは,さまざまな点で異なる特徴を持っていると考えられる.
[1.6] そこで本研究では,こうした特徴をもつTRPGにおけるロールプレイにおいて,PCを創作することがプレイヤーにとってどのような意味があることなのかを考えてみたい.こうしたロールプレイが持つ意味に着目した研究として,加藤による一連の研究がある(加藤ら2012; 加藤と藤野 2015; 加藤と藤野 2016).加藤は,TRPGをプレイする経験が持つ教育的,治療的な意味について,発達障害児・者を対象にした実践をもとに検討している.加藤の研究においては,プレイ場面のコミュニケーションが主に分析されており,PCを創作するプロセスについてはほとんど触れていない.また,TRPGが持つ治療的な側面に着目しているため,はじめてTRPGをプレイする人を対象として一定の回数のセッションを行うという人工的な設定になっている.そこで,本研究では,治療的な場面ではなく,日常的にTRPGをプレイしているプレイヤーがプレイ場面で実際に行っていることについて検討することを目的とする.そのために,日常的にTRPGをプレイしているプレイヤーに対するインタヴュー調査,およびプレイ場面のフィールド観察を通して,プレイヤーから見たPCを創作するプロセスが持つ意味について探索的に検討する.
[1.7] ここで探索的な検討を志向するのには,大きく2つの理由がある.1つめの理由は, 本研究ではプレイヤーがPCの創作にどのような意味を見出しているかという点に関心があるため,TRPGを長期間にわたってプレイしているプレイヤーが,日常的に行っているプレイについて検討する必要があるからである.日常的に行っているプレイを検討するには,できるだけ人工的な設定は持ち込まない方がよい.もう1つの理由は,PCの創作にはかなりの自由度があるため,プレイヤーから見てどのような点が重要なのかを事前に想定しにくいためである.そのため,分析の対象をあらかじめ狭く限定せず,探索的に検討する必要があると考えられる.
[2.1] (a)インタヴュー調査の方法:調査協力者 – インタヴュー調査におけるインフォマントは,TRPGのプレイ経験が豊富で,第1著者とTRPGをプレイしたことがある社会人10名(男性2名,女性7名,Xジェンダー1名.平均年齢25.10歳)であった.調査期間は2021年5月末から2021年9月初めである.なお,インフォマントは全員『クトゥルフ神話TRPG』(ピーターセンとウィリス 2004)をプレイしたことがあり,『クトゥルフ神話TRPG』を中心に遊んでいる人がほとんどであった.本TRPGは,アメリカ人小説家ハワード・フィリップス・ラヴクラフトのホラー小説に基づくゲームであり,現在,日本で大人気である.1
[2.2] (b)インタヴュー調査の方法:手続き – インタヴュー調査は,第1著者がTwitterでインタヴュー募集を呼びかけたところ,反応してくれた8名と,それとは別に個別に許可を得た2名を対象として,SkypeあるいはDiscordを利用してオンラインで実施した.
[2.3] 表1に,インフォマントの属性を示す.調査に先立ち,すべてのインフォマントから書面にて調査への協力について同意を得た.なお,本研究のもとになった研究は,所属先大学における倫理審査を必要としていないため,調査の参加者から承諾書をもらう手続きのみにしている.なお,全てのインフォマントが「調査者の友人である」「調査者が必ず1回以上は当該インフォマントのプレイ場面を見たことがある」「TRPGのプレイに慣れている」の3点の要素を押さえており,その多くが「女性である」「20代前半である」「同じ学校の出身である」の3点の要素を持っている.
[2.4] インタヴューは一回につき2時間から3時間程度の半構造化インタヴューであり,本論文で使用しているデータは録音データを後に書き起こしたものである.インタヴューでは,キャラクターの創り方や演技,TRPGを始めるまでのプレヒストリーなどを中心に聞き取りを行った.10名のインフォマントにおけるインタヴュー場面は,XさんとZさん,KさんとRさんが2名で構成され,その他は全て一対一であった.
[2.5] また,重要な前提として,今回のインフォマントのほとんどは,ロールプレイを重視するプレイスタイルを好んでおり,そのため,プレイ場面において,人によって程度の差はあるがPCになりきった演技を行うことが多いように思われる.TRPGでは,ロールプレイをそれほど重視しないプレイスタイルもあるが,今回のインフォマントはロールプレイを重視するプレイスタイルの人が多く,PCになりきった演技を受け入れる傾向にある.
表1: インタヴュー調査のインフォマント一覧.
ID | 性別 | 年齢 | 第1著者や他インフォマントとの関係 | |
Nさん | Xジェンダー | 41 | 第1著者のみと友人。 | |
★ | Wさん | 女性 | 24 | Kの元同級生。 |
★ | Gさん | 女性 | 24 | 第1著者やX、Z、Rの元同級生。 |
Xさん | 男性 | 24 | 第1著者やG、Z、Rの元同級生。 | |
Zさん | 男性 | 24 | 第1著者やG、X、Rの元同級生。 | |
Cさん | 女性 | 23 | 第1著者の元同級生。 | |
Lさん | 女性 | 21 | 第1著者やG、X、Z、R、Pと同じ高校出身。 | |
Kさん | 女性 | 24 | Wの元同級生。 | |
★ | Rさん | 女性 | 23 | 第1著者やG、X、Zの元同級生。 |
Pさん | 女性 | 23 | 第1著者やG、X、Z、L、Rと同じ高校出身。 |
(★があるのはフィールド観察の協力者)
―そっかー.んー…(笑)オネエが好きだからオネエを…なるほどね.え,オネエのどんなところが好きなの?
W:えー!?オネエのどんなとこ?
―うん.
W:多分どっちの気持ちもわかるところと,(笑)
―?ああ(笑)
W:優しいところと,(笑)
―優しいところ(笑)
W:強いところ(笑)
―強いところ(笑)
W:(笑)
―じゃあどっちもわかって優しくて強いところ(笑)……おお,輝かしい方々だわねぇ.惚れちゃうわ.(笑)
W:…なんだこれ(笑)
(略)
W:なんかトランスジェンダーなら聞いたことがある.
―ああー!トランスねうんうんうん.そうだね,トランスの人…も…まあ,ある意味どっちの気持ちもわかりそうだよ…ね,比較的?……そういった人…で,あの,強くて優しかったらどうよ?(笑)
W:そういう人で強くて優しかったらあー…………なん,…オネエだな,オネエが良いな.なんでオネエが良いんだ?
―なんでオネエが良いんだ?
W:どうして?
―(笑)じゃあさ,「ネタ性」があると良い?言わば.
W:あっそうかも.
―(笑)わかりました.
W:(笑)
―……ネタ性のないオネエってどう?いやネタ性のないオネエって意味わかんないけどさ(笑)
W:ネタ性のないオネエじわる(笑)真面目なオネエでしょ?
―…そう…だね,ただ
W:嫌いじゃないけど,やっぱりクレしんぐらいやってほしいよねって思う.
―え,クレし?なんだって?
W:クレヨンしんちゃんぐらいやってほしいなって思う.
―あー.言わばテンプレの,こてこての
W:そうそう.
―オネエ.あー.
W:ギャップが足りない.
[2.6] (c)インタヴュー調査の結果 – インタヴューでは,TRPGをプレイするようになったきっかけや,プレヒストリー(TRPGをプレイするようになるまでの履歴)について質問した上で,ロールプレイについての考えや,PCをどのように創作しているかといった点について質問した.ここでは,PCを創作する上で,ジェンダーがどのように関わっているかについて中心的に論じる.上述したように,PCの設定にはさまざまな要素が考えられるが,ジェンダーは言葉の使いかたや,服装などに影響するため,PCを設定する上で中心的な要素であると考えられる.
[2.7] TRPGでプレイヤーによって演技されるPCは,プレイヤー本人と異なるジェンダーであることが少なくない.今回のインタヴュー調査での回答においても,女性プレイヤー7名のうち,5名は少なくとも肉体的には男性のPCをお気に入りとしてあげていた.TRPGでは,PCをかなり自由に設定することができるため,PCをプレイヤー本人と異なるジェンダーに設定することで,プレイヤーは自分の人生とは違うジェンダーを遊ぶことができる.ここでは,そうしたジェンダーに関係する発言を中心に分析する.PCのジェンダーに関する発言があったのは,10名のインフォマントのうち,4名であった.うち1名はセンシティヴな内容を含むため,以下では報告を差し控えるが,女性のプレイヤーが男性のPCによるプレイについて述べていた.そのため,以下では,残る3名の発言について分析する.
[2.8] 事例1:「オネエ」のPCを創作するインフォマント – Wさんは元々「オネエ」(女性のように振る舞う男性)が好きであることもあり,TRPGでオネエのPCを創作するだけでなく,イラスト投稿サイトなどで開催される企画と呼ばれる個人主催イベントでも,「オネエ」のキャラクターを描いたりしている.
[2.9] Wさんの発言を,トランスクリプト1に示す.「オネエ」のPCを創る理由として,「(注 恐らく男性と女性の両方の)どっちの気持ちもわかって,強くて優しい」からであると言及している.第1著者がトランスジェンダーの人で優しくて強いならば好みか聞いたところ,「オネエ」の方がやはり良いと回答した.そこで第1著者が「ネタ性があると良い?」と問うたところ,「あっそうかも」と即答した.ここで「ネタ性」 と呼んでいるのは,話題としてのおもしろさであると考えられる.以下のトランスクリプトに示した会話のあとで,「クレヨンしんちゃんぐらいやってほしいなって思う」と言及していることからも,そのことがうかがわれる.
[2.10] 事例2:男/女の二元論では語れないような性別の概念を持ったPCを創作するインフォマント – Nさんは木の性質を持った人形のキャラクターを作成している.また,その他にもムーミン・シリーズに登場するキャラクター「ニョロニョロ」を参考にしたキャラクターなどを作成している.Nさんはインタヴューの中で「木って,1つの木に雄花雌花があったり1つの花に雄しべ雌しべあったりして,本質的に中性みたいなところがあるから.そういう,性別としてはそういうの(注 中性みたいなもの)っていうのをやってみようかなって思って」と言及している.その例として,トランスクリプト2を示す.なお,Nさんはインタヴュー後に行った第1著者とのSNSでのやり取りで「性別的な特徴は,男性的と言われるものでも女性的と言われるものでも,苦手なものが結構あります.」と記述している.
N:何か思いついて,そしたら前使った,人形のキャラクターの設定も思い出したんですけど.
――うん
N:まあ木って,1つの木に雄花雌花があったり1つの花に雄しべ雌しべあったりして,
――はい
N:本質的に中性みたいな
――うんうん
N:ところがあるから.そういう,性別としてはそういうのっていうのをやってみようかなって思って
――おお
N:えー,で,木を操れるね,自分,木でできた自分の体も色々変形させられるっていう変身能力みたいな,
――あら素敵.
[2.11] 事例3:女の子のロールプレイがしにくいと語る男性インフォマント – 第1著者が男性のZさんに対して,女性のキャラクターを作成するか聞いたところ「最近創んなくなった」と回答した.理由としては「ボイス(注 プレイヤーの肉声のこと.)で可愛い女の子のロール(注 ロールプレイの略.)出来ません.(中略)私のボイスでは解釈違いが起きて大戦争が起こるんですよ.(中略)自分でやってて萎えるので」であるからだと言及していた.これはつまり,自分が思い描いている可愛い女の子キャラクターを使用したいが,そのキャラクターをロールプレイする際に実際に自分の口から出てくるのは男性のボイスのため,理想の女の子にならなくてがっかりする,という意味合いである.
[2.12] 一方,Zさんは「テキセ(注 「テキストセッション」の略.キャラクターロールプレイに際してプレイヤーの肉声は使用せず,代わりにテキストでキャラクターの行動や発言を表現する.)だと全然やる,女の子.テキセだよっつったらもう本当に喜んでやる.」とも語っていた.続いて,テキストセッションならば自分の理想通りの声・感じで話してくれる(実際に音声が聞こえる訳ではないが,あくまで自分のイメージの中でそう話してくれる)ので問題なく喜んで女の子のロールプレイを行う,と言及した.
―そうだZさんにさこれ聞いてみたかったんだけどさ,Zさんもさ,女の子キャラクター創らない?
Z:最近創んなくなった.
―何?なぜ創らなくなったんだ!言え!
Z:え,ロールが出来ないからよ.
―あ.あー.
Z:女の子わかんない!男だもんボク!
―女の子~…CCFOLIAに女の子のアイコン置いておけば女の子だよ~!
Z:エーでもヤダ!
―おんにゃのこ~…
Z:あのね明確な理由はあります.安心してください.
―はい,わかりました.なんでしょう.
Z:えー私女の子,可愛い女の子好きです.可愛いことするの.
―はい.
Z:はい.私,ボイセ(注 ボイスセッションの略),ボイスで可愛い女の子のロール出来ません.以上.つまり,
―はい.
Z:想定してることを,私のボイスでは解釈違いが起きて大戦争が起こるんですよ.
―(笑)
X:すげーわかる.
Z:だから,テキセだと全然やる,女の子.テキセだよっつったらもう本当に喜んでやる.
―あ,そうなんだ!うんうん
Z:うん.テキセだったら別に,自分の自分の想定してる声・感じで話してくれるから,
―あー
Z:良いけど,ボイセとなるとどうしても出てくんのはこのゴミみたいなオッサンボイスしか出てこないので,
―そんなこというなよ!
Z:それ聞いているだけで僕はねえ,自分でやってて萎えるので,
―萎えるので(笑)
Z:駄目です.私は女の子はなんか,
[2.13] また,女性のキャラクターを作成するか聞いた際に「最近創んなくなった」と回答したことから,恐らく過去に女性キャラクターを作成してロールプレイした実践があったと推察できる.その例として,トランスクリプト3を示す.
[2.14] (d)インタヴュー調査の考察 – ここで紹介した事例はごく限られたものではあるが,上記の事例だけでも,TRPGにおいて女性/男性といった二分法には収まらない多様なジェンダーがロールプレイされている様子をうかがい知ることができる.また,上述したように,例えば,女性プレイヤーが男性キャラクターをロールプレイすることはごくありふれた実践である.今回のインタヴュー調査に参加したインフォマントのうち,自身の性別が女性であると回答した人は,第1著者がこれまでにプレイをともにした経験を振り返ると,全員が男性のPCをロールプレイしたことがあり,人によっては女性よりも男性のPCをロールプレイする頻度が高い人もいた.
[2.15] その一方で,トランスクリプト3に見られたように,男性プレイヤーが女性のPCをロールプレイすることは比較的少ないようである.今回のインタヴュー調査に参加した男性インフォマントは2名のみであり,あくまで憶測の域を出ないが,男性プレイヤーが女性のPCをロールプレイするのは,女性プレイヤーが男性のPCをロールプレイするよりも,少ないようである.女性プレイヤーが男性のPCをロールプレイすることが比較的多いのは,男性と比べてジェンダーを意識する機会が普段から多いため,ジェンダーに関する要素に注目しやすいのではないかと考えられる.また,女性のプレイヤーが男性のPCを創作する場合,さまざまな年齢の男性が対象となるのに対して,男性のプレイヤーが女性のPCを創作する場合,若くてかわいらしい女性が対象となりやすいために,ロールプレイがしにくいのではないか,という指摘も可能かもしれない.
[2.16] ただし,こうしたジェンダーに対する意識は,プレイヤーによって異なるように思われる.インフォマントの中には,ジェンダーを強く意識してPCを設定しているように思われるプレイヤーもいれば,特にジェンダーを意識しているわけではないが,結果的にジェンダーに関係するロールプレイを楽しんでいるように感じられるプレイヤーもいるようである.
[2.17] ここで採りあげた事例からわかるように,特に女性プレイヤーにとってジェンダーがロールプレイにおいて重要な要素になっている理由として,以下の2点が考えられる.
[2.18] 1つは,女性プレイヤーが普段感じている自身のジェンダーのわずらわしさから一時的に脱却できるという点である.ロールプレイでは,誰かが発した言葉や態度に別の誰かが足した言葉や態度によって,マジックサークルと呼ばれるプレイのための世界が創られていく.例えば,トランスクリプト1あるいはトランスクリプト2に見られたように,ある女性が「オネエ」や「人形」として振る舞うということは,現実には叶わないことである.それでも,その女性がロールプレイしているときに,周りの人がその実践を否定せず彼女を「オネエ」「人形」といったキャラクターとして扱ってくれていれば,彼女は異なるジェンダーである別の誰かでいることができるのだ.そのようにして,彼女は本来であればほぼ叶わない,自身とは異なるジェンダーの視点の経験をすることができる.
[2.19] TRPGでジェンダーが重要な要素になるもう1つの理由は,遊び続けているTRPGをさらに遊び直すための方法の1つであるという点である.TRPGを始めたばかりのプレイヤーは,TRPGが持つシステムの自由度や世界観を存分に楽しむことだろう.しかし,TRPGを愛好するプレイヤーたちは何年も継続してTRPGを遊ぶことがある.そこで彼らはTRPGを長く楽しむため,あえて自身のプレイに制約を加えて,慣れたTRPGに新しい楽しさを見出そうとしているのではないかとも考えられる.TRPGのゲームシステムは自由度の高いものが多いため,あえて制約を加えた状態でキャラクターを創作しないとプレイヤー本人に近いPCを創り出すことになりやすく,別の人生をロールプレイする楽しみを感じにくくなるのではないだろうか.自分とは違うジェンダーを選択するのは,そうした制約の一つであるのかもしれない.
[2.20] プレイヤー本人と異なるジェンダーのPCを演技する上では,ジェンダーと身体性の問題がつきまとうことも指摘できるだろう.この問題は,今まではプレイヤーがPCの熱心な演技を行うことによってある程度はカバーされていた.例えば,ある20代女性プレイヤーが40代男性PCを操作するとき,「40代男性に『相応しい』話し方を心掛ける」「普段の声よりもずっと低い声を出し続ける」「40代男性がしていそうな体勢と身振りで他のPCと会話する」などといった数多の「40代男性っぽい」要素を組み合わせて演じ続けることで,目の前のプレイヤーが20代女性であったとしても,なんとなく40代男性のように見えてくる.それでも,これはそれなりの技術や労力を必要とすることであるため,身体性の問題を技術でカバーするのは敷居が高いことであるように思われる.
[2.21] しかし,最近はオンラインツールの開発によって,以前よりも自身の身体性から自由になれているのではないかと考える.現在はオンラインツールの開発により,オンラインでのTRPGプレイが盛んとなっているが,以前は実際にプレイヤーとGMが同じ場所に集まり,対面の状態で遊ぶことが多かった.つまり,生身の身体を相手に見せた状態で演技をする必要があった.だが,近年はオンラインツールの開発によって,対面せずともほとんど不自由なくTRPGを遊べる仕組みが用意されており,同じ場所に集まる必要はなくなった.そのため,他のプレイヤーに自身のリアルな身体をさらす必要性は少なくなり,以前よりも自らの身体性から自由になれ,キャラクターを演じるということの敷居が以前のTRPGと比べて下がったのではないかと考えられる.
[3.1] (a)フィールド観察の方法:調査協力者 – 前節では,インフォマントにインタヴュー調査を行うという形式をとったため,実践を振り返って答えてもらうことが中心となり,実際にTRPGをプレイしている場面でのやり取りの詳細はわからなかった.そこで,TRPGのプレイ場面をフィールド観察することにした.この調査におけるインフォマントは,前述のインタヴュー調査に参加したインフォマントのうち,特に第1著者が普段TRPGを共に行っている社会人女性3名(平均年齢23.66歳)であった(表を参照.フィールド観察のインフォマントには★印をつけている).調査期間は2021年10月2日であった.調査に先立ち,すべてのインフォマントから書面にて調査への協力について同意を得た.なお,本研究のもとになった研究は,所属先大学における倫理審査を必要としていないため,調査の参加者から承諾書をもらう手続きのみにしている.
[3.2] フィールド観察の方法:手続き – フィールド観察は,事前に通話アプリ(DiscordまたはSkype)で個別にフィールド観察の許可を得た上で,後日Skypeを利用して行った.観察データは4時間程度で,TRPGをプレイする前の準備を行う段階からプレイ終了後までを録音した.本論文で使用しているデータは,フィールド観察における録音データを後に書き起こしたものである.なお,このフィールド観察におけるプレイ場面では,プレイヤーとして参加しているインフォマントが2名(Wさん,Rさん),プレイヤーとして直接参加はしないがプレイ場面を聴いていて,ときおりチャットでコメントをするインフォマントが1名(Gさん),プレイのGMを務める第1著者の合計4名で構成されている.
[3.3] 今回,フィールド観察におけるプレイに使用したシステムは「クトゥルフ神話TRPG」であるが,プレイしたシナリオは,Gさんが創作したオリジナルのものである.
[3.4] (c)フィールド観察の結果:PCの選択と設定 – ここでは実際のプレイ場面で語られたプレイヤーの発話をもとに,プレイヤーがPCを選択,設定するプロセスについて検討する.なお,フィールド観察で語られた会話の詳細は,開始から30分をめどに,全て書き起こした.
[3.5] TRPGでは,プレイのたびに新しいPCを創作して使用することもあれば,過去のプレイで創作したPCを別のプレイで使用することもできる.また,あらかじめPCのみを創作しておき,後でプレイに参加する際に創作しておいたPCを使用するということもできる.TRPGでは,シナリオによって必要なスキルや職業などが設定されていることが多いため,プレイに参加するときには,シナリオで指定されているスキルや職業などに合わせてPCを創作するか,今までに創ったPCたちからその要件に合うPCを選ぶ必要がある.
[3.6] 今回のフィールド観察では,シナリオの要件に合わせて新しいPCを創作する場面ではなく,過去に創作して何度も使用しているPC(以下継続PC)を選択する場面が見られた.あるシナリオをプレイするときに継続PCを選択する流れには,主に2つの場面が存在する.1つは,自分が持っている継続PCのうち,どのPCを選ぶか悩む場面である.もう1つは,選んだPCの設定をさらに詳細に検討していく場面である.さらに,この2つの場面が折り重なる隙間に,TRPGとは関係ない遊びも入り込む(今回のフィールド観察では,数名のインフォマントが新しくSkypeに追加された機能をいじっていた).シナリオをプレイする前であるにもかかわらず,この時点でプレイヤーの遊びは始まっているのである.以下では,2つの場面について論じる.
[3.7] まず,自分が持っている継続PCのうち,どのPCを選ぶか悩む場面について述べる.プレイヤーがPCをゲームの駒としてではなく一人のキャラクターとして扱っていれば,あるプレイ場面を経験したPCには,そのときに起こった出来事がそのPCの歴史として蓄積されることになる.新しいプレイに参加しようとする際には「キャラクター保管所」2 や「いあきゃら」,3 個人的なメモ用紙などといった,いわゆるキャラクターキーパーと呼ばれるツールに保存されているキャラクターデータを基に,記憶を掘り返して遊ぶことになる.そのため,継続PCを使うたびに,過去の数々のプレイ場面を思い出しながらプレイをすることになる.この作業はプレイのたびに繰り返され,その結果として,膨大な歴史を持った継続PCができあがる.
[3.8] 今回のフィールド観察では,プレイヤーは全員継続PCを使用していた.PCを選ぶ最中,Rさんは自身が保持する沢山のPCの中から,今回使用するPCの選択に難航している旨の発言をしていた.今回のフィールド観察に参加したインフォマントたちの間では,継続PCを使用することが好まれていると同時に,それはありふれた行為でもある.今回使用されたPCが全員継続PCであったのは,2021年に遊ばれたシナリオの多くが新たに創作したPCを使用する必要のあるものであり,継続PCを使う機会が少なかったことによる反動であるかもしれない.その例として,トランスクリプト4を示す.
(全体の長い沈黙)
R:んー.いやあ悩ましいなあ.凄い,キャラをこんなに悩めるってめっちゃ久しぶりなんだけど.
W:…確かに.
R:ね.
[3.9] PC選択の間,どのプレイヤーがどのPCを使用するのか聞いたり,宣言したりする場面が存在した.あるプレイヤーが今回使用するPC名を聞いたとき,他プレイヤーが「あー懐かしい!」「(あるプレイヤーのPC名)を裸にしてみたい」と発言した.今回フィールド観察に参加したインフォマントは,何度もTRPGをプレイしたことのあるメンバー同士であるため,お互いにどのようなPCを持っているのか把握しており,それぞれのPCの詳細について言及することが可能なのである.その例として,トランスクリプト5を示す.なお,以下のトランスクリプトでは,PCにつけられた名前を(○○さんのキャラクター①)のように置き換えている.
―んふふふ.懐かしいねェ,このセッションやる前になんか,取り敢えず人選決めようかパターン.
R:(Rさんのキャラクター①)か…(Rさんのキャラクター②)か(Rさんのキャラクター③)かな(笑)
―皆体格,ムキムキで良いと思う.
R:う~
W:え,じゃあ常識人出そう.
R:草.なんか私の待って待って待って,佐久間さん(注 GMである第1著者のPC.今回インタヴュー調査を行ったインフォマントの一部では,GMであるにもかかわらず,まるでプレイヤーであるかのようにGMが普段使用するPCを参加させて動かすやり方がときおり遊ばれる.)も常識あるかもしれないじゃん(笑)
W:(笑) 佐久間さんが常識ないみたいな言い方.
R:だって(笑)
―おかしいですねえ.
[3.10] このトランスクリプトからわかるように,参加者はお互いのPCがどのような人物であるかを,程度に差はあるものの把握しており,その知識をもとに会話を行っている.例えば,第1著者はRさんから挙げられた3名のPC全てについてイラストなどを今回のプレイ場面で見せられたわけではないが,過去のプレイ経験やRさんがSNSに投稿したイラストなどで彼らの姿や性格を把握しているため,彼らの体格の良さを思い出しながらコメントをしている.
[3.11] ここで,継続PCをロールプレイに持ち込む意義について考えてみたい.例えば,ホルツマン(2014)が行った学校外演劇プログラムでは,役者は数か月をかけて稽古を行っている.ある役者は自身がなろうとしている役の人物と,何か月も過ごしている.その間,芝居に参加した周囲の人々は,彼女がその役の人物であることを受け入れ,彼女と共にその役の人物を創り上げてくれる.それによって,彼女は初めてその役の人物になることができる.ただし,ホルツマンが実施した学校外演劇プログラムでの役は,プログラムの期間中にのみなることができる,一度限りの人物である.
[3.12] 一方,TRPGを継続的にプレイしている人は,継続PCを保持していることが多い.期間の長さはインフォマントによって差はあるが,ほとんどのインフォマントが継続PCを保持しており,プレイヤーは年単位で同じPCと共に生活をしている.インフォマントによっては,プレイヤーが歳をとるのに合わせて,PCの年齢も同じように重ねていくことがある.その例として,トランスクリプト6を示す.
―あれ,今(注 年齢)おいくつなの(Wさんのキャラクター①)さん.
W:幾つ?これ.
―え
R:30いってんじゃない?
W:いやいってないです.
―さ,30?
R:まだいってない.
W:なんかね,キャラシ(注 キャラクターシートの略.)見た時は25って書いてあったから,
R:あれ?もしかしてまた26?(笑)
W:でもだいぶ経ってるでしょ.
R:にー
W:2019年から作って
R:2年,か3年?
W:7,27じゃね?
―ええっ,歳食ってる
R:じゃあー,
W:え嘘26かも.誕生日がまだ来てない
R:じゃあまた,(Wさんのキャラクター③)と(笑)(注 年齢が同じ)
W:またかよ!
R:(Wさんのキャラクター③)とー(注 年齢が同じ),
W:好きすぎんな.
R:そこらへんと同い年ですね.(Rさんのキャラクター⑤)とか.
[3.13] このトランスクリプトからわかるように,インフォマントは,PCにプレイヤー自身と同じ時間を生きさせている.これは,このインフォマントが,PCを単なるゲームの駒ではなく,歴史を持った一人のキャラクターとして扱っていることの表れであるだろう.このような扱い方は,数年に渡って同じPCを使うことによって生じる問題を回避するためになされているのかもしれない.例えば,自分のPCが年をとらないことにすると,同じように継続して使われた他のPCの歴史との関係がうまく説明できなくなるし,シナリオの舞台年代と不整合になる可能性もある.このような問題が生じないようにするために,PCもプレイヤーと共に年をとるのではないかと考えられる.
[3.14] このようなプロセスを通じて,さまざまな歴史を背負った継続PCが形成される.年単位で同じプレイヤーとTRPGをプレイするインフォマントは,親しんだプレイヤーが保持する継続PCの歴史を知っており,そのことを踏まえながらプレイする.つまり,プレイヤーは,プレイヤー自身だけでなくPCを込みにしたコミュニティを形成しており,長い時間をかけてプレイヤー自身だけでなくPCも発達していくのである.TRPGにおけるロールプレイは,その場限りのロールプレイではなく,こうしたプレイヤーとPCからなるコミュニティを背景としてなされていると言えるだろう.
[3.15] (d)フィールド観察の考察:PCを選択,設定するプロセス – ここまでの結果をまとめると,プレイヤーがPCを選択,調整するプロセスについて,2つの点を指摘できるだろう.
[3.16] 1つめは,プレイヤーは,互いの継続PCをよく知っており,プレイヤーたちは,プレイヤー自身だけでなく継続PCも込みにしたコミュニティを形成しているということである.トランスクリプト6が示しているように,プレイヤーが継続PCを使ってプレイした年月は,プレイヤーだけでなく,継続PCにも共有されている.
[3.17] 2つめは,こうしたコミュニティが育んできた歴史が,具体的なプレイにも反映されるということである.継続PCには,過去のプレイのなかで構築されてきた歴史があり,継続PCを選び,使用することは,これまでのプレイの歴史にもとづいて,新たな歴史を創りあげようとすることに他ならない.その意味で,継続PCを使用することは,一度創作されたPCをそのまま使い続けるというより,シナリオや他のPCとの関係にあわせて,一度創作されたPCを再創作することである.このように,ロールプレイは,プレイヤーとPCとが育んできた歴史と切り離すことができない.
[3.18] これらは,TRPGというゲームシステムの構造が,プレイヤーのレベルとPCのレベルを含み込むために生じることであろう.さらに言えば,プレイヤーはプレイヤーのレベルだけでなく,PCのレベルでも生きている必要があるために,両者を重ね合わせたコミュニティが必要になるのだろう.このような構造が会話に表れたのが,保田(2016)のいう三層の構造であると考えられる.
[4.1] (a) オリジナルのPCを創作することの意味 – 本論文では,インタヴュー調査とフィールド観察という2つの調査から,TRPGにおけるロールプレイについて検討してきた.最初に述べたように,TRPGにおけるロールプレイには,以下のような特徴があると思われる.
[4.2] インタヴュー調査では,PCの創作において,自分とは異なるジェンダーを選択できることが重要な意味を持っていることが示唆された.このことは,「(1)PCの設定における自由度が高い.」という特徴に支えられているのは言うまでもないが,トランスクリプト3によく示されていたように,近年の仮想盤面を用いたプレイにおいては「(5)身体的な演技は必ずしも必要ではない.」という点も重要であろう.テキストセッションの場合,プレイヤーの声や体といったさまざまな身体性が不可視になる.このことは,プレイヤーが多様なジェンダーをロールプレイする上で助けになると考えられる.
[4.3] このように考えると,オリジナルのPCを創作することには,自分とは違うジェンダーのPCを創作することに見られるように,普段の自分とは違う自分をロールプレイすることができる,という意味があると言えるだろう.上記の(1)~(5)の特徴は,この点に関わっていると見ることができる.設定の自由度が高く,時間をかけて作り込むことができ,演技のハードルは高くないというTRPGは,普段の自分とは違う自分になるのに適している.
[4.4] このようなTRPGの特徴を,ホルツマンのアイデアからより深く理解することができるだろう.例えば,ホルツマン(2014)は,演劇では自分を用いて,自分ではない誰かをパフォーマンスしていると論じているが,これは,TRPGにもよくあてはまる.ホルツマンは,「普通の大人がパフォーマンスできる環境(つまり舞台)を創造すること」には,治療的な性質があることを指摘しているが,TRPGにも同様の性質があると思われる.
[4.5] (b)ロールプレイを支えるコミュニティの存在 – フィールド観察からは,何回もプレイされている継続PCがあることにより,プレイヤー自身と継続PCとが込みになったコミュニティが形成され,このコミュニティが重ねてきた歴史がロールプレイに影響を与えていることがうかがわれた.継続PCのプレイには(1)~(5)の特徴が関係していると考えられるが,コミュニティの歴史がロールプレイに影響を与えるという視点は最初の5つの特徴にはなかった点である.そのため,以下のように6つめの特徴を追加すべきだろう.
[4.6] また,TRPGでは,どのようなPCを創作するかは自由であり,そのPCを用いて自由にロールプレイすることができる.しかし,自由だからといって,プレイヤーはやりたい放題というわけではない.TRPGの楽しさは,自分が創作したものを表現し,それを一緒に味わってくれる相手がいないと成り立たないからである.自分が表現したものを否定せずに受け入れ,共に味わってくれる他者がいるからこそ,普段は他人に見せることがはばかられるような一面をさらすことも可能となる.TRPGは,こうした仲間と楽しい時間を共有できる空間であり,そこでの心理的安全性は,ロールプレイにとって決定的に大切である.上記の(6)は,プレイヤーが,他のプレイヤーや継続PCと歴史を共有していることを意味するものであり,ロールプレイの場における心理的安全性を支える要素であると考えられるだろう.
[4.7] このことに関連して,ホルツマン(2014)は,ソーシャルセラピーと呼ばれる集団療法について論じる中で,グループ作りのプロセスに参加していくことによってメンバーの成長がもたらされると指摘している.ここで議論されているのは,個人の発達とコミュニティの発達は同時に起こるものであり,切り離せないという論点である.TRPGにおいても,プレイヤーは,プレイを繰り返すことによって,プレイヤー自身と継続PCからなるコミュニティを形成していると考えられる.上で指摘したTRPGの治療的な性質とあわせて考えると,TRPGにおけるロールプレイの意味は,普段の自分とは違う自分になれる場を,仲間とともに作り上げていくことにあると言えるだろう.
[4.8] なお,本研究の知見は,ロールプレイを重視し,継続PCと歴史を重ねるプレイヤーからなる,ごく限られたコミュニティのものである.そのようなコミュニティの性格が,結果に色濃く影響していることは否めないし,調査の対象となったプレイヤーもごく限られた範囲にとどまっている点は,本研究の限界として指摘できるだろう.しかし,TRPGのプレイヤーが,どのようなことを考え,どのようにプレイを進めているかの一端を明らかにすることはできたと思う.TRPGに関する研究はまだまだ少なく,本研究がこれからの研究に少しでも道を開くものであることを祈りたい.
本論文は,第1著者が成城大学社会イノベーション研究科に提出した修士論文をもとにしたものである.内容の一部は,日本質的心理学会でも発表された(青山・五十嵐 2021).
ウェブサイト: https://charasheet.vampire-blood.net/coc_pc_making.html (2022年8月13日取得).↩︎
ウェブサイト: https://iachara.com/ (2022年8月13日取得).↩︎