Case Report | 実践報告

ゲームマスターの力量マップ : プロフェッショナルの要件

Fujibayashi Keiichirō | 藤林 啓一郎

Independent Scholar | 独立研究者

How to Cite:

Fujibayashi Keiichirō. 2022. “Gēmu masutā no rikiryō mappu: Purofesshonaru no yōken” [Competence Map for Game Masters: Professional Requirements]. Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies, 3: 33-45.

引用方法:

藤林 啓一郎. 2022. 「ゲームマスターの力量マップ: プロフェッショナルの要件」『RPG学研究』3号: 33-45.

DOI: 10.14989/jarps_3_33

要約

[0.1] テーブルトーク・ロールプレイング・ゲーム(TRPG)は物語を共創する体験を楽しむ遊びである.だが,遊んだ結果として楽しくないこともある.体験の品質を左右する要素のなかでも,ゲームマスター(GM)の役割が重要である.将棋など勝敗が明確な競技性ゲームに対して,共創性ゲームが「上手い」とはどう評価すればいいか.筆者は初心者からゲームデザイナー,公認GM評価まで多様な100人以上のGMのセッションを参与観察し,フォーマルな評価も筆者個人の経験も参考にし,自己エスノグラフィーの手法により,楽しさと要因を考察してきた.その気づきを「力量マップ」形式で提示する.プロフェッショナルGMだけでなく,深く濃くTRPGの楽しみを追求するアマチュアGMにも活用していただくことを期待する.

[0.2] キーワード:共創,力量,ゲームマスター(GM),品質,TRPG

Abstract

[0.3] Table Talk Role-Playing Games (TRPGs) allow players to enjoy the experience of co-creating a story. However, there are times when the experience is not enjoyable. Among the factors that affect the quality of the experience, the role of the Game Master (GM) is important. In contrast to competitive games such as Shogi, where victory or defeat is clear-cut, how do we evaluate the “skill” of a co-creation game? The author has observed more than 100 GM sessions, ranging from beginners to game designers to certified GMs, and has considered the factors of enjoyment by using autoethnography, referring to both formal evaluations and the author’s personal experiences. The findings are presented in the form of a “competence map.” The author hopes that not only professional GMs but also amateur GMs who pursue TRPG enjoyment in depth will make use of the suggestions.

[0.4] Keywords: Co-creation, competence, Game Master (GM), quality, TRPG

1. はじめに

[1.1] TRPGの楽しさ,品質を左右する要素は多数ある.ルールシステム,シナリオ,ゲームマスター(以下,GMと表記),プレイヤー,参加者の志向の相性,場の心理的安全性など.なかでも,GMの力量はセッションの楽しさを大きく左右する.本来,TRPGは遊びなので巧拙を気にする必要はなかった.だが,芸術的側面や創作的側面に注目し,一種の表現活動という考え方も現れてきた.さらに有償でセッションを提供するプロGMも登場してきた.TRPGセッション体験の楽しさを得るため,プロフェッショナルや上手いGMの必要条件とは何だろうか.

[1.2] 「力量(competence)」は,JISQ9000(ISO9000)「品質マネジメントシステム-基本及び用語」で「意図した結果を達成するために,知識及び技能を適用する能力」(日本産業規格(JIS) 2015, 27)と定義されている.言い換えると,TRPGユーザーに馴染みのある「能力値,技能,特技」等を包括的に表現した用語である.品質マネジメントシステムは職業的に行われる仕事が対象となっている.だが,プロフェッショナルだけでなく,アマチュアGMも「力量」を意識したほうがよい.その理由は,TRPGユーザーのセッション体験の感想と体験後の行動にある.TRPGユーザー,特に新規ユーザーが初めてTRPGを遊んだ時,つまらない体験だったらどうなるか.二度と遊ばなくなる確率が高い.逆に,素晴らしい体験だった場合には「また遊びたい」という感情を喚起して,TRPGリピートユーザーとなる確率が高い.継続して遊んでいるユーザーも新規システム体験等で同じことが起こり得る.セッションの品質を高めて,楽しい体験を提供するためには,適切な力量を持ったGMが必要である.

[1.3] ゲームの上手さの指標として,伝統的遊戯の将棋にはプロ棋士だけでなくアマチュア段位認定もある.一部のボードゲームやTCGには国際大会があり勝敗を競う.だが,TRPGの上手さは勝敗のように目に見えてわかりやすい指標がなく,これまでほとんど論じられてこなかった.TRPGが将棋やTCGなどのゲームと大きく異なるのは競技性ではなく,共創性を主眼にしている点である.清松みゆきが端的に解説している.

[1.4] TRPG (Table talk Role Playing Game)とは何か
司会進行役(GM)1人と4人前後のプレイヤーの会話によって進行。参加者どうしで言葉をかわし、楽しい時間を共有する。そのことにかけては、TRPGは最先端にあると言っていいでしょう。世界の中に物語を紡ぎ、その登場人物として生きることができる。GMとプレイヤーの共同作業により、わくわくどきどきの物語が出現する。GMの仕掛けとキャラクターの掛け合いから生まれる、即興劇にも似た、一期一会の物語です。(清松 2020, 5)

[1.5] すなわち,勝敗などの結果で判定できる競技性のゲームに対して,物語の共創や楽しさといった定性的なTRPGは上手さを判断しにくい.そこで,ゲームの品質を考えるにあたって,GM力量マップを提示する.基本の型を提示する意義については,歌舞伎役者の坂東玉三郎が「型破りってえのは型を持っている人間の言うことなんだ.型も何もない者がやれば,いいかい,それはね,型なしって言うんだよ」(山本健翔. 2021, 第4段落)と語っている.芸能だけでなく,あらゆる分野での力量習得に「守破離」の段階がある.

[1.6] まずはGMの役割を再確認する.『新クトゥルフ神話TRPG クイックスタート・ルール』(メイソン・フリッカー・ピーターセン 2016)におけるGM「キーパー」は下記のとおり説明されている.

[1.7] 1人のプレイヤーはゲームを調整する役割を果たし、隠された知識を守る者、簡単に「キーパー」と呼ばれる。(中略)キーパーの役割は、ほかのプレイヤーのためにゲームを進行させることである。キーパーは物語の筋書きや今の状況をほかのプレイヤーに説明する。そしてルールとダイスを使って、キャラクターの行動の成否を判定し、探索者を劇的で危険な状況へと駆り立てるのである。(中略)ゲームにおいて、キーパーは舞台を整え、シーンを描写し、探索者が出会う人々を演じる。さらにキーパーは、行動を解決するのに手を差し伸べたり、ゲームのルールを裁定したりする。キーパーの役割は映画を制作する監督の役割と少し似ている。ただし、ゲームでは俳優は物語がどう進展するのかを知らない。キーパーが監督なら、プレイヤーは俳優に似ているが、自分自身の台本を即興で作る自由を持っている。(以下略)(メイソン・フリッカー・ピーターセン 2016, 4)

[1.8] 人狼ゲームやマーダーミステリーにも進行役のGMが存在するが,TRPGでは進行役以外の役割も担当し,映画監督に例えられる点が特徴である.

2. 先行研究

[2.1] 積極的に図書館で探すTRPG解説書: 日本でのTRPG黎明期1980年代に清松みゆき(1988),1990年代に朱鷺田祐介(1993; 1996),山北篤(1995),2010年代には小太刀右京ら(2016)がGM解説書を執筆してきた.リプレイに併録された解説もある(友野・三田・グループSNE 2004).RPGマガジンやRole&RollなどのRPG雑誌も特定システムのサポート記事に混じって汎用解説記事を掲載してきた(山本弘. 2000).『アリアンロッド2E ゲームマスターガイド』(菊池・F.E.A.R. 2016)など解説を収録しているルールブックもある.だが,それらはGM役割を解説したガイドラインであり,GMに必要な力量を明示していない.また,F.E.A.R.は2020年より動画で,GM裁定,時間管理,コミュニケーション,ルールの教え方,シナリオ作成やトラブル対応などを説明している.『誰のためのデザイン?』(ノーマン 2015)を紹介して,認知心理学とTRPGとの関係を解説している(鈴吹 2021).動画はわかりやすい反面,一覧性や参照性で劣る.

[2.2] アマチュア研究では,まず1990年代にパソコン通信で発表された「馬場秀和のマスターリング講座」が挙げられる(馬場 1997).馬場は「RPGをゲームと見なすべきだ」「技量の向上を目指す姿勢を持て」「海外RPGに積極的に手を出そう」(馬場 1997)という3点を主張していた.「技量の向上」には同意するが,海外RPGを偏重する論拠が不明確である.ゲームと遊びを区別する意見は,ロジェ・カイヨワ(1990)の遊び文化研究の延長線上と捉える筆者の意見とも,1980年代から安田均が掴んでいた「RPGはストーリーとゲームの融合したホビーである」(安田 2020, 27)という本質とも異なる.楽しむことを否定する「RPGを遊戯だと見なす考え方からは,上達を目指す姿勢が生まれません」(馬場 1997)という主張は,楽しむ目的を達成する手段の一つに力量向上を考える筆者の意見と異なる.

[2.3] 馬場の他にも論考を行ったアマチュア研究者が存在するが,同人誌は資料調査が困難であり,webは消去されていることもある.筆者が在籍した大学のRPG研究会は30周年にあたり,それまでの研究活動を稲場大介がまとめて技術論(サークル内部文書)を編纂し,GMに求められる前提に「適切に伝える」「公正に判断する」「話を聞く」の3つをあげている(稲場 2017).同様に他のサークルもノウハウ伝承をしていても,外部に積極的に公開していないと推測する.いずれの媒体で発表された論考や解説も,GM力量を向上しようと志向するユーザー向けに書かれてきた.積極的に情報入手しなければ得られない文献であり,GM志望の新規ユーザーには届かない.文章で提供されているため網羅性や詳細性に優れる反面,一覧性に劣る.いくつものガイドがあれど,力量評価や力量向上の指針となる形式で提示されていなかった.

[2.4] TRPGによる教育効果: TRPGに関する先行研究論文に,三池克明「TRPGの教育活用についての一考察」,駒見直俊らの「TRPGを通したコミュニケーション能力向上の調査研究」がある.三池は「TRPGを楽しむために何が必要?」(三池 2015, 20)を整理しているが,道具や環境などの面も広く扱っており,力量に関して追求していない.駒見は「社会人基礎力」に着目している点は有意義であるが,コミュニケーション能力向上との相関は短期間では評価困難としている(駒見・田隈 2020).両者とも教育に活用するという観点の研究であり,TRPGの体験品質や力量を切り口としていない.

[2.5] 他分野での力量定義: プロフェッショナルの必要条件という観点から,仕事の力量を示す事例を3件調査した.日本産業規格 JIS B9971「機械安全に関する要員の力量」では機械の安全設計や評価に必要な力量を業務ごとに分けてリスト化している(日本産業規格(JIS) 2019).背景には労働安全衛生法と厚生労働省の安全設計技術者に関する通達がある.このJIS規格に強制力はないが,認証制度が整備され事実上の業界標準と考えられる(日本認証株式会社 2022).データサイエンティスト協会(2021)はプロフェッショナルに必要なスキルセットを定義し,「スキルチェックリスト ver.4」で3分野合計572項目と4段階のスキルレベルを提示して検定試験を実施している.

[2.6] 人間中心設計推進機構(HCD-Net)は専門家認定制度を実施している(以下,人間中心設計をHCDと表記).受験者だけでなく関心のある者に向けて「HCD専門資格コンピタンスマップ」をweb上で公開している.2009年に認定制度を開始して,2013年に第5期試験を行う前に「HCD専門資格コンピタンスマップ」を見直して大幅改訂を行い,以降は毎年アップデートしている.「専門業務の遂行に必要となる,能力・技能・知識」を4分類23項目で示している.HCD専門家は3分類から10項目以上,HCDスペシャリストは1分類の6項目以上が必要とされている(人間中心設計推進機構 2021).言い換えれば,専門家といえど全ての項目で相応の力量を発揮できるわけではなく,得意分野を限定している.専門家認定制度が実施される前に佐藤大輔(2005)「ユーザビリティ専門家に必要とされるコンピタンスに関する研究」など先行研究から8年を要している.なお,このHCD専門家認定制度は1度取得すれば永続的に有効というわけではなく,3年ごとに更新手続きが必要である.業務活動と自己研鑽活動を提示して更新申請を行う.いわば,力量を維持していることを証明する必要がある.さらに「HCD倫理規範 第1版」(人間中心設計推進機構 2022)を公開し,専門家の倫理規範を定めている.ただし,本稿は力量を研究対象とするため,プロフェッショナルの要件の一つとして倫理規範の存在を言及するにとどめる.

3. 研究のアプローチ

[3.1] TRPG体験は1セッションごとに異なり,その1回ごとの体験価値を得るのは参加者だけである.先行研究の少なさから考えると,これまで研究対象として関心を持ってきたのはTRPGを遊ぶ者だけである.そのため,TRPG研究は当事者研究と捉えることができる.「当事者研究とは,わたしの問いをわたしが解くもの」(上野 2018, 44)である.当事者研究の手法として自己エスノグラフィーが挙げられる(伊藤 2015).「自己エスノグラフィとは,自分自身の経験を探求し,自身の意識のありようや文化について明らかにしていく質的研究のひとつの方法」(沖潮(原田) 2013, 157)である.また,成田は自己エスノグラフィーとしての「創作叙事詩・解題」を提示して,世阿弥の「離見の見」を引用し,「メタ認知の言語化」「主観による主観の客観化のプロセス」を主張している(成田 2013).上野は「当事者研究は,自分が自分の専門家,という立場です」(上野 2018, 45)とも述べている.すなわち,筆者は多様な数多くのTRPGセッションに参加してきた立場だから知り得た情報をもとに質的研究を行った.様々なTRPGセッションに参加し,TRPGの楽しさについて問いを立て,主観を客観化して省察しながら,仮説を立てて検証してきた.当初はこの手法を意識していなかったが,結果的に「自己エスノグラフィー」と同様にアプローチしてきた.

[3.2] 深く真剣に楽しみを追求するTRPGサークル活動: 筆者が在籍した大学のRPG研究会では1991年に「セッション記録用紙」を導入し,活発な感想戦を推奨してきた(鬼頭 1997).感想戦とは反省会ではなく,上野千鶴子ゼミの「コメントはケチをつけることではなく,(1)書き手の言いたいことに沿ってその意図がよりよく通じるように示唆を与え,(2)論旨の欠陥や議論の問題点を指摘し」(上野 2018, 291)と同様に,どうすれば改善できるかを意見交換する場である.感想戦で振り返りを行うことにより,GMやプレイヤーの力量向上について暗黙知を醸成していった.「社会人基礎力」に「リフレクション」が追記される(経済産業省 2017)より前から振り返りの重要性を認識し,学習効果を高めてきたと言える.さらに,1995年から定期的に会報を発行することで,技術論を言語化して意見交換してきた.言い換えれば,野中郁次郎が提唱したSECIモデルの「共同化,表出化,結合化,内面化」プロセスに沿って,暗黙知を形式知に変換して共有し続けている(入山 2019).2015年度や2017年度には「マスタリング基礎」「物語構造とシナリオ制作の基本」「アドリブGMの技術論」「シナリオの整合性」「箱庭GM」などのGM技術や,「まさかの時のプレイヤー技術」「ロールプレイ論」などプレイヤー技術について,OB会員が講師を分担して学生会員向けに講義を行うなど,ノウハウ伝承に活発的である.しかし,ノウハウをサークル内部にとどめることは惜しまれる.TRPG文化の発展に広く貢献するために,サークル外部のTRPG関係者へもこれらのノウハウを伝えていくほうがよい.だが,内部文書を公開することには困難が伴う.そこで,内部文書から要点を抽出した力量マップ形式が適切であると考えた.

[3.3] 筆者はサークル活動に長く参加することで,TRPG初心者がGM力量を向上する仕組みに協力し,上達する風景を観察してきた.新入会員の大半はTRPG初心者であり,まずプレイヤー参加から活動を開始する.1年目の秋頃に初めてのGMを経験し,感想戦で先輩から助言を受ける.学期末テスト終了後の2月は強化期間として,各会員が明確な目標をもってGM力量向上に取り組む.強化期間の「セッション記録用紙」は通常時と異なり,10項目の評価軸を記載している.GMが自己評価を行い,プレイヤーがGMを評価し,普段以上に濃密な感想戦を行う.そうやって初心者GMの上達を促していく.2年目に新たな新入会員を迎える頃には,初心者対応をきちんとできるようになる.次に,前期または後期にキャンペーンシナリオのGMを経験し,GM初心者の域を脱する.いわば,守破離の「守」段階を履修したと言える.個人差もあるが,3年目,4年目にはさらに個性を磨き,上手いマスタリングを実践できるようになっていく.GM経験回数でいえば,1回,5回,10回,20回が成長を実感する目安である.場合によっては,サークル以外の活躍の場を求める会員もいる.傍証ではあるが,平成時代の卒業生にはゲーム関連の職業に就いた者もいた.ただし,卒業後に上達したかかどうかまでは追跡調査できていない.

[3.4] 百のセッションを重ねて見えたもの: 筆者は大学卒業以降もOB会員としてRPG研究会に参加することで,セッション参加,振り返り,言語化のサイクルを回してきた.セッション体験を共有した後輩GMは100人を超える.RPG研究会での活動のほかにも,ジャパンゲームコンベンション(JGC)や一般コンベンション等で100人以上のGMを見てきた.多数のセッションを体験し,参与観察しながら,上手いGMの力量や物足りなかったセッションの要因を比較検証した.以下に個人的記録の一例を示す.個人名を秘すが,全て別のGMである.

[3.5] 「1997, 一般, 天羅万象, 戦闘重視のGMだった.デザインコンセプトとGMとプレイヤーのやりたいことの違い」「1998, RPG研究会, GURPS, 途中が冗長にして最後は時間不足.魔女が逃げておしまい」「1999, SNEコン, GURPS, 参考になった.時間足らず戦闘は「勝った」でおしまい.良いプレイヤーばかりなので協力的に話が進行した」「2002, 一般, ブレイド・オブ・アルカナ, 戦闘シミュレーションのシナリオだった.自信なさげのGMが終わった後に「他の人のブレカナは面白い」と言ったのであきれた」「2002, JGC, Mage, 前説明3h+プレイ2h,説明長すぎ疲れた.いきなりVampire ?」「2003, JGC-WEST, Hero Wars, 独特な語り口とヘタクソな文字を記入した地図のマスタリングが特徴」「2003, JGC, ゲヘナ, 必殺技「怒濤の喋り」を封じられ,ホワイトボードを駆使して簡易な絵(ピクショナリー風)と重要な文字とマップを書き込んでマスタリング」「2003, JGC, GURPS, 不機嫌で怖そうなマスタリング.時間を気にしすぎる.キャラ作成時には,GMによる助言(コントロール)も必要.メンバーの連携も悪い.プレイ時間が足りないため,ミッション失敗となった」「2004, RCON, 六門世界RPG, 他のプレイヤーが「あなたのマスタリングにはもう付き合えません.途中ですが,私は退席します」と立ち去り,淡々と事後説明で終わった」「2004, TRPGの日, ローズトゥロード, 酒造り職人との人情話.吉本新喜劇みたいで面白かった.PCがそれぞれ役を演じ,GMのアドリブもあってうまく回った」

[3.6] 網羅的に挙げたセッション体験の要因を大別すると3種類に分けられる.GM力量が不十分なために不満を感じたもの.GMの高い力量で楽しいセッション体験となったもの.そして,状況次第で不満にも楽しさにもなる要因.これらは狩野モデルにおける「当り前品質」「魅力的品質」に対応する.さらに狩野は品質ライフサイクルがあり,無関心品質・魅力的品質・一元的品質・当たり前品質と変遷することを説明している(狩野 2018).TRPGセッションがこの品質ライフサイクルと完全に一致するわけではないが,その場の状況によって,GM力量の一つ一つが魅力的品質にも当り前品質にも関与することは十分に考えられる.これら参与観察でわかったことと力量マップの関係は後述する.

4. ゲームマスター力量マップの提案

[4.1] 「力量マップ」概観: 筆者は技術論や解説書をもとにして,セッション経験から要因を分析した.RPG研究会で暗黙知を形式知化してきた研究と他分野事例を参考にして,力量マップとして図1に示す.セッション中だけではなく,TRPG体験全体のなかでのGM力量を示すため,プレイヤー,シナリオライター,ゲームデザイナーとしての役割を果たす場合も要素に含めた.5種類の系列「B系列:基礎力」「M系列:マスタリング」「S系列:シナリオ作成」「D系列:ゲームデザイン」「P系列:プレイヤー」に分類する.さらに選択分野「K系列:関連知識」「V系列:ビジュアル制作」も説明する.

基礎力(+マインドセット)
マナー ゲームを楽しむ 積極的な参加 コミュニケーション 想像力

プレイヤー マスタリング シナリオ作成 ゲームデザイン
メタ認知 インストラクション ユーザー把握
ファシリテーション
アイスブレイク
公平な裁定 ライティング コンセプト設計
ルール把握 時間管理 物語構成力 世界観構築
振り 情報整理 状況描写 NPC設定 データ調整
フォロー 傾聴 アドリブ 情報の視覚化 テストプレイ
スケジュール調整 観察
英語

図1: 力量マップ.

[4.2] さらに力量マップとGMタスクとの相関を図2に示す.GMタスクを時系列でセッション前,セッション中に分けた.力量を知覚・情報処理・行動の行為プロセスに沿って3つに分け,タスクとの対応を記した.


セッション前
準備する
セッション中
ルール説明
セッション中
キャラ作成
セッション中
メインプレイ
タスク シナリオ作成
備品の準備

シナリオ概要を紹介し
プレイヤー募集
自己紹介

ルール説明
作成ルール決定と説明

不慣れなプレイヤーへの助言
司会進行
状況描写
ルール裁定
NPC演技
知覚 ユーザー把握
メタ認知
メタ認知
観察
傾聴
情報処理 ルール把握
情報整理
時間管理
物語構成力
公平な裁定
行動 NPC設定
ライティング
情報の視覚化
スケジュール調整
アイスブレイク
インストラクション
インストラクション ファシリテーション
状況描写
アドリブ

図2: 時系列のGMタスクと力量.

[4.3] 「B系列:基礎力」: ゲーム参加者に共通する力量を記す.GMだけでなく,プレイヤー全員が持つべきマインドセットを含めて〈プレイマナー〉〈ゲームを楽しむ〉〈積極的な参加〉〈コミュニケーション〉〈想像力〉の5つを挙げる.TRPGは悪意に弱い遊びである.妨害してやろう,攻撃してやろう,言動に圧力をかけよう,などの意図を持つ人が1人でもいれば綻びが生じる.そういう悪意を持たず,参加者を互いに尊重する意識が〈プレイマナー〉である.遅刻や無断欠席をしないこともマナーに含める.〈ゲームを楽しむ〉ことはルールブックにTRPGの目的として書かれているが,セッション開始時に再確認すべきマインドセットである.自分だけでなく,全員が楽しめるように配慮することが大事である.〈積極的な参加〉は論が分かれる.見ているだけで楽しいという者もいる.だが,ゲーム進行中の誤解によるすれ違いを避けるため,開始前に見学者と参加者を分けるべきであろう.〈コミュニケーション〉は幅がある.プレイ言語で意志疎通を取れることが最低限必要である.高い〈コミュニケーション〉能力があるほど,セッションは円滑に楽しく遊べる傾向が高くなる.TRPGがファンタジーやホラーなど,現実には遭遇しえない世界観や事象を扱うため〈想像力〉が必要である.主に言語のやりとりで行う遊びなので,言語情報からイメージを感じるにも有用である.

[4.4] 「M系列:マスタリング」: マスタリングについては,全てのGMに必要とされる項目と,個性(自分の武器)と言える得意分野との2段階に区別できる.力量マップでは段階を区別せず12項目を記載している.基本的な力量には〈メタ認知〉〈ファシリテーション〉〈ルール把握〉〈情報整理〉〈傾聴〉〈インストラクション〉〈公平な裁定〉〈時間管理〉がある.人によって得手不得手の差がある力量として〈観察〉〈アドリブ〉〈状況描写〉をあげる.

[4.5] 〈メタ認知〉とは「他人の思考について想像するのと同様に,上位の視点から自身の思考に対しても,第三者的に思考する能力のこと.この能力によって,自身の行動や発言を客観的に捉えることが期待される.」(佐藤 2005, 76)である.TRPGにおいては,GMがプレイヤー視点とPC視点を持つこと.NPC視点と全体を俯瞰する視点と言える.意識してセッションに参加し,プレイヤー経験とGM経験をバランスよく重ねることで身に付いていく.

[4.6] 〈ファシリテーション〉はGMにもプレイヤー(の一部)にも必要な力量である.TRPGセッションでは主にGMが進行役を担当する.GMが提示した状況に対してどのように行動するか,PCだけで相談する場面もある.そういうときは,ファシリテーター役のプレイヤーが必要とされる.セッション開始前に場を暖める〈アイスブレイク〉は〈ファシリテーション〉のサブ技能である.朱鷺田は「仕事柄,初めての方に対してGMすることが多いので,実際のセッションを始める前に,自己紹介代わりに,以下のような質問に答えてもらいます.」「1:プレイヤーの名前」「2:深淵の経験」「3:好きなTRPG」「4:幻想物語/ファンタジーと言ったら?」と述べている(朱鷺田 2008).2番目と4番目の質問は,これから遊ぶゲームとジャンルに置き換える.お互いの前提知識を把握するだけでなく,雑談として場の雰囲気に馴染みやすくなる効果がある.

[4.7] 〈ルール把握〉はルールを暗記することではない.ルールブックを通読して,必要なルールがどの辺りに記載されているかを知ること.頻繁に参照するルールはサマリーを利用するとよい.公式サマリーが準備されていない場合は,サマリーを作成することでルール把握の助けとなる.裏技として,ルールに習熟しているプレイヤーに参加してもらうという手段もある.

[4.8] 〈インストラクション〉〈情報整理〉〈傾聴〉は〈コミュニケーション〉の下位分類ともいえる.〈インストラクション〉はセッション開始時に世界観やルールを説明することから始まり,キャラ作成時に適切に指示していくことである.〈情報整理〉はセッション途中でプレイヤーたちが悩み始めたときなどに,PCに提示した情報を整理し,未調査の情報を確認し,意思決定の助けとなることである.プレイヤーたちの状況を観察し,臨機応変に助言することが肝要である.〈傾聴〉は,特に会話能力が高いと自認するGMに意識して欲しい力量である.セッション中にプレイヤーが黙り込む場面もある.悩んでいるのか,無言キャラを演じているのか,間をとっているのか傍目にはわからない.他のプレイヤーも対応に困るので,GMが積極的に意志や状況を聞き出す必要がある.会話能力が高いGMは,自分だけが延々と話し続けて,プレイヤーが発言機会を失っていることに気づきにくい.話し始める前に一呼吸置くなど,プレイヤーの意見を待ってから対応したい.

[4.9] 〈公平な裁定〉はGMにとって最も重要な能力である.可能な限り,ルールブックに従って公平に裁定する.もし間違いに気づいても,巻き戻しせずに進行することが求められる.さらに大事なのが,特定のPCやNPCだけに有利な裁定をしないことである.NPCが重要だからと言って特別に活躍させたり,現実の人間関係をゲーム内に持ち込んで特定のプレイヤーに利益供与を行うのは審判役として不適切な行為である.ただし,セッション卓全体で初心者プレイヤー対応という合意がなされており,初心者にやさしく対応するのは許容される.

[4.10] 〈時間管理〉はプレイヤーの集中力に配慮して適度に休憩時間を取る能力と,予定セッション時間に終了する能力である.コンベンションの時間割,貸し会場の利用刻限,プレイヤーの門限など,さまざまな要因により予定終了時間が決められたセッションがある.決まっていない場合でも,想定以上の長時間セッションは疲れる.長引くにつれて集中力を欠き,些細なミスをしてしまう.予め想定した時間からプラスマイナス1時間以内に終了するのが適切である.〈観察〉はセッション参加者の様子を観察し,退屈そうでないか確認しながら円滑なマスタリングにつなげることである.〈状況描写〉はセッション中に,PCの周囲の状況をわかりやすく伝える能力である.小説のような情景を描写するGMもいれば,必要最小限の描写を行うGMもいる.

[4.11] 〈アドリブ〉はシナリオに書いていない状況が起きたとき,臨機応変に対応する能力である.TRPGの即興性を象徴する力量と言える.アドリブで対応する場面は多数ある.シナリオに書くほどではないNPCとの日常会話.情報を出し忘れたなど,困った状況に陥ったときに別の解決方法を考えるとき.最も面白いのは,シナリオに書いていない解決方法をプレイヤーが思いついて提案したときである.「シナリオにない」と言って却下するのは下策である.プレイヤーのアイディアを尊重して,どのようにルール裁定して物語をまとめるか.このアドリブ能力は,上手いGMという評価に結びつく.

[4.12] 「S系列:シナリオ作成」: GMの役割の一つにシナリオ準備がある.市販シナリオや同人シナリオを入手して読み込むことで準備してもいいし,自分で作成してもいい.したがって,シナリオ作成に関する力量は,プロのシナリオライターだけではなく,シナリオ自作派GMにも必須の能力である.〈ユーザー把握〉〈ライティング〉〈物語構成力〉〈NPC設定〉〈情報の視覚化〉をあげる.

[4.13] まずは〈ユーザー把握〉である.そのセッションに参加するのは誰であろうか.当該TRPGの経験や知識はどのくらいであろうか.それら前提条件によって,シナリオの要求仕様が異なってくる.端的な例で言えば,TRPG基本ルールブック収録シナリオは,システム初心者(場合によりTRPG初心者)を対象に書かれている.世界観に関する深い知識などを不要とし,初めてでも楽しく遊べるように配慮されている.一方,プレイヤーをほぼ想定でき,趣味嗜好などを把握している馴染みの仲間内では,凝ったシナリオや特定知識を前提にしたネタも許容される.誰と遊ぶのかを想像する.

[4.14] 〈ライティング〉は小説のような情感豊かな文章や格調高い論文調の文章を書く技術ではなく,わかりやすく伝わるための文章技術である.「UXライティング」と類似している(髙橋慈子・冨永 2020).市販シナリオなど他人に読んでもらう場合に必須であるが,GM本人だけが読む場合には不要とも言える.だが,導入ハンドアウト,秘匿ハンドアウト,情報ハンドアウトなど,文章としてプレイヤーに渡す情報がある場合には,わかりやすく書く必要がある.難解で複雑な文章を渡した場合,プレイヤーが読解するために余計な時間がかかり,セッションが停滞する.

[4.15] 〈物語構成力〉はプロの創作者でない場合には,どこまで要求されるかわからない.起承転結のストーリー構成などは映画の脚本術などに詳しい(ボグラー・マッケナ 2022).TRPGは小説や映画と異なり,PCが主人公という点に留意すべきである.主人公の動機や感情はプレイヤーに決定権があり,重要な場面での意思決定もプレイヤーが行うべきことである.

[4.16] 〈NPC設定〉は,重要なNPC,1シナリオに2人程度を考える.荒木飛呂彦は漫画の登場人物それぞれに身上調査書を作成している.名前・年齢・性別から家族関係・経歴・趣味など細分化した30項目ほどを記入シートに埋めている(荒木 2015).TRPGシナリオのNPCの場合には,漫画のキャラクターほど作り込む必要はない.「名前」「外見」「性格」「日常」「作戦・戦術」を決めておけば十分.特異な能力としては,ネーミング.世界観やシナリオにあった名前を付けること,それだけで雰囲気が伝わりやすくなる.

[4.17] TRPGは主に会話による情報やりとりで行うが,伝わりやすくするため〈情報の視覚化〉は有効である.主にシナリオ準備の段階で,地図やチャート類,情報資料などを準備する.

[4.18] 「D系列:ゲームデザイン」: ゲームデザイナーの力量とGMの力量は別である.しかし,プロのゲームデザイナーにGM経験が豊富な人も多いので,誤解することもある.一方,GMが自作ルールを導入したり,公式世界観でなく独自の世界観を使ったりする場合もデザインに含まれる.デザイナーの力量は他分野のデザインと共通点もある.〈ユーザー把握〉〈コンセプト設計〉〈世界観構築〉〈データバランス〉〈テストプレイ〉が挙げられる.ゲームデザイナー向けの指針をバウアー(2021)が記している.本来は別系列に分類すべきだが,副業で翻訳を行うゲームデザイナーもいるので〈英語〉も挙げる.

[4.19] 「P系列:プレイヤー」: 実際のセッションにおいて,GMは進行運営で手一杯となるため,熟練者プレイヤーが助ける場面も多い.〈メタ認知〉〈ファシリテーション〉〈ルール把握〉はGMと共通して,プレイヤーも持つことを期待する.プレイヤーの力量が高くなるほど,GMや他のプレイヤーの負担が軽くなり,セッションを円滑に進行できる.

[4.20] 〈振り〉はプレイヤーから他のプレイヤーへ発話の機会を誘発することである.PC間の交流場面を演出する際や,意思決定のために相談するときに意見を促す.ゲームに慣れていない初心者が発言しやすいようにするという意図もある.〈フォロー〉はセッション場の全体の雰囲気を観察しながら,円滑に進める技能である.いわば,縁の下の力持ち的なサポートである.ルールを適切に把握して,キャラ作成時に適切なパーティバランスをとったり,GMを助けたりすることも含む.力量にあげにくいが,GM想定の斜め上を行く発想力を発揮したり,シナリオに書かれていない素晴らしい解決手段を提案するプレイヤーもいる.〈スケジュール調整〉は誰か1人が持てばいい力量である.最初に「遊びたい」と言い出す場合が多いため,GMが担当する場合もある.負荷を減らす観点から,プレイヤーが調整や人集めを担当するほうがいい.

[4.21] 「K系列:関連知識」: 〈関連知識〉はTRPGユーザーに必須ではない.だが,関連知識を知っていると役に立つこともある.忍者,SF,ファンタジー,歴史,軍事など,TRPGジャンルごとに沿った知識.古今東西のありとあらゆる知識が役立つため,特に分野を指定して力量マップに記載しない.本当に知識ある者には,セッション時に過剰に蘊蓄を語るのではなく,同卓した参加者が望む場合に節度を持って関連知識を説明することを期待する.

[4.22] 「V系列:ビジュアル制作」: 〈ビジュアル制作〉がTRPG力量かどうかは別途議論が必要である.動画配信が盛んになったり,オンラインセッションを遊ぶ機会が増えたり,ビジュアル活用の機会が増えている.最近になって脚光を浴びているとはいえ,1990年代からTRPGにおける画像活用を提唱されてきた(寿琅 1997).筆者もセッションに参加して,画像の有効性を体験した.NPCイラストを準備するGMもいた.

[4.23] 力量マップと研究データとの相関: 網羅的に挙げた力量のうちマスタリングとシナリオ作成の項目に対して,前述した参考文献や経験的アプローチとの相関を表1に示す.参考文献としては,簡潔にまとめられており無償で読めることから『アリアンロッド2E ゲームマスターガイド』(AR2Eと表記)と,網羅的に記述されている『[改訂版]RPG技術論』(稲場 2017)の2点を選択した.重要記述を「★★★」,記述あり「★★」,文脈から記載されていると判断した項目「★」,非該当「ー」を表1に記入している.同様に3項で説明した「セッション記録用紙」の評価軸も参照した.3項の参与観察で得たデータは,マイナス要因とプラス要因を明確にするため,当り前品質「×」,魅力的品質「○」,両方を併せ持つ場合は「×/○」と記した.さらに,後述する公認GMと併催されたシナリオコンテストの評価項目(Role&Roll編集部 2004)も表1に記載した.力量については,図2と同様に知覚・情報処理・行動,およびセッション前の準備とを区分した.表2を概観すると,どの資料でも情報処理の項目が比重が高い.「セッション記録用紙」の評価軸では当り前品質「×」が低く扱われているが,重視されていないというより基本中の基本という理由で特記していないと言える.実際の感想戦では〈公平な裁定〉〈インストラクション〉について助言することも多い.一方で,知覚に分類した力量〈メタ認知〉〈観察〉〈傾聴〉は参考文献に記述されているものの,経験的アプローチでは気づいていない.だからと言って不要ではない.知覚が評価軸にない理由は,プレイヤーが評価する視点からGMの知覚能力を観測するのが困難だからである.評価を行う立場からは,行動の結果だけを判断しがちである.だが,人間の行為は知覚・情報処理・行動というプロセスを経るため,起点となる知覚に関する力量が最も重要だと筆者は考える.

表1: GM力量と各資料との相関.


マスタリング AR2E 技術論 感想戦 参与観察 公認GM
知覚 メタ認知 ★★
観察 ★★
傾聴 ★★ ★★★
情報処理 ルール把握 ×× ★★★
公平な裁定 ★★★ ★★★ ××× ★★★
情報整理 ★★ ×/○
時間管理 ★★★ ×
行動 ファシリテーション ★★ ★★★ × ★★★
インストラクション ★★★ ××× ★★★
状況描写 ★★★ ★★
アドリブ ★★★ ★★★ ○○○
準備 スケジュール調整
シナリオ作成




ユーザー把握 ○○
ライティング ×
物語構成力 ★★★ ★★★ ×/○ ★★★
NPC設定 ★★ ★★★ ★★★ ×/○ ★★★
情報の視覚化 ★★★

表2: GM力量とビジネス能力の比較.


マスタリング 社会人基礎力 ユーザビリティ
知覚 メタ認知 状況把握力 B
観察 状況把握力 A
傾聴 傾聴力 A
情報処理 ルール把握
公平な裁定
情報整理
時間管理
行動 ファシリテーション 働きかけ力 A
インストラクション 発信力 A
状況描写
アドリブ 柔軟性 B
準備 スケジュール調整
シナリオ作成

ユーザー把握 状況把握力 A
ライティング 発信力 A
物語構成力 創造力
NPC設定
情報の視覚化

[4.24] 以上が力量マップ全体の解説である.いずれの力量も初心者に要求するものでなく,セッション経験を積み重ねることで成長していくと考えられる.しかし,本稿で提示した力量マップは個人のセッション体験を主な根拠とする経験的アプローチである点が弱い.ゆえに,筆者とは立場や経験の異なる者による検証が必要である.立場が異なる者とは,例えば,ゲームデザイナー,プロGMとして活動している者,他大学のTRPGサークル関係者,あるいはTRPG以外の分野のゲーム研究者などが想定される.

5. 今後の展望

[5.1] 趣味技能も職業技能も人生に役立つ: TRPGではキャラクターの力量をわかりやすい単語と数値レベルでモデル化している.『ソード・ワールド2.5』(北沢・グループSNE 2018)では「スカウト,セージ,クラフトマン」など包括的な技能名とレベルで表記する.加えて,成長に伴って特技を習得していく.『新クトゥルフ神話TRPG』(メイソン・フリッカー・ピーターセン 2016)では,キャラクター作成時に職業技能と趣味技能を習得する.いずれの技能も探索時に活用できることに区別はない.TRPGで馴染み深いこの概念から考えれば,三池や駒見らの着眼点はいい.趣味TRPGで習得した力量は,仕事にも活用できる.もう一つ,TRPGがモデル化した概念は,経験による成長である.教育効果を考える場合には長期間のセッション経験による成長を考慮すべきである.セッション経験を通じてレベルアップしていく力量として,本稿で提示した力量マップを土台にできる.表示形式は力量マップが最適とは限らない.TRPGで馴染み深いキャラクターシート形式も考えられる.

[5.2] 力量マップを作成して,TRPGに関する力量とビジネスの場で必要とされる力量が近いと気付いた.GM力量マップとビジネス力量との相関を表2に示す.汎用的な観点から「社会人基礎力」を例示する(経済産業省 2017).読み取って解釈したため,対応すると考えた基礎力を表2に記載した.もう一つは専門的な観点から佐藤の研究を参照した.「コンピタンスリスト 第3版」からメインを「A」,サブを「B」として表2に記載した(佐藤 2005, 71).TRPG独特の情報処理プロセスとの相関は見られないが,知覚と行動においては共通点が見られる.駒見が着目した〈コミュニケーション〉以外にも教育効果ありと考える.TRPGという趣味の遊びを通じて培った力量を,イノベーションに発揮する人材も現れるかもしれない.体験設計(髙橋克実. 2022),アート思考(山口 2017),デザイン思考(佐宗 2020),SF思考(藤本・宮本・関根 2021)などの創造手法は,TRPGセッションにおける発想に近しい.

[5.3] 谷口忠大らは「コミュニケーションをよくしたい!」という思いから,ビブリオバトルやパーラメンタリーディベート等を題材にして「コミュニケーション場のメカニズムデザイン」を研究している.設計変数として「発話権制御・ロールプレイ・極の配置・論理構造の導入・主張の変容・ゴール」をあげている(谷口・石川 2021).TRPGセッションは谷口らの研究題材になっていないが,セッションを円滑に進行するために制度化されたGMの役割は,他のコミュニケーション場を活性化するための検証材料となる.

[5.4] 誰が品質を保証するのか: 筆者がプレイヤー視点でセッション単体に料金を支払うことを認識したのは,JGC2004でペイイベントが導入されたときである.従来の一般コンベンションは,会場費を共同負担する意図で参加料金を支払っていた.2003年までのJGCでは,全体の参加料金を支払えば,どのイベントに参加しても追加料金は発生しなかった.ペイイベントでは,公式セッション1回あたり参加料金1000円を支払うことになった.それにより,料金相応の品質を期待する.公式セッションだから運営企業が品質を保証すると信用して参加した.一方,TRPGカフェにプロGMが存在する.TRPGカフェ経営者が経験からスタッフの力量を評価し,GMに選任していると推測する.だが,利用者がセッション前に客観的にGMの力量を確認できる仕組みは存在しない.プロフェッショナルGMが成立するための必要条件として,力量マップを提案する.実用に足る力量マップを提示するには調査研究を重ねることが課題である.また,力量を明確化するだけでなく,レベル基準や評価の仕組みも必要と考える.

[5.5] 公認GMは画期的で早すぎた: 第三者がGM評価を行った事例としてRole&Roll公認GMがある.2004年から2007年にRole&Roll編集部が主催し,JGCとJGC-WESTで実施された.全6回の審査で合計26名が認定された.シナリオコンテストと併催していたため,GMとシナリオ作成と両方の観点から合格点が必要と誤解された面もあるが,認定者26名のうちシナリオコンテストに入賞していない者が9名おり,公認GM以外でシナリオコンテスト入賞者が6名いることから審査基準は区別されていたと理解できる.評価基準や審査内容は公式公開されていない.結果のみがRole&Roll本誌で発表された.しかし,JGCフリープレイ卓でデモプレイを行い,参加プレイヤーが評価するという形式だったため,セッションに参加したプレイヤーは評価基準を確認している.合格人数の2倍の応募があったと仮定すると,1卓プレイヤー5人として,約250人が評価用紙を入手している.筆者もデモプレイに参加し,プレイヤー視点で評価を行った.評価用紙には感想と5項目の5段階評価,自由記述欄があった.マスタリング評価は下記の5項目であった.

(Role&Roll編集部 2004)

[5.6] 観測可能で評価しやすい観点ではあるが,特殊な項目もある.「備品準備」は各セッションごとの準備能力.1回のデモプレイで上手くできた可能性もあり,再現性が不明である.「ルールの習熟」は当該システムに関して理解できていることを立証できるが,新規システムを扱うたびに学び直しが必要となる.残る3点「トーク,気配り,進行」の観点は,一度習熟すれば状況が変わって別のセッション卓でも力量を発揮できる.コミュニケーション,ファシリテーションに比重を置いた評価と言えよう.上手いGMの恩恵を受けて,楽しいセッションを体験できるのはプレイヤーであるから,プレイヤー評価を一次審査とするのは妥当である.一方で,評価の公平さや適切さに疑問点も残る.応募しながら,デモプレイが成立せず審査を受けられないという運不運に左右される一面もあった.Role&Roll編集部が営利事業でない公認GM審査を行うことも負担になったであろう.GM力量を評価,認定する先進的試みであったが,認定後に有効活用されなかった点が惜しまれる.

[5.7] 新たなる混沌の秩序を求めて: 本稿の趣旨としては,プロフェッショナルだけでなくアマチュアGMにも力量を認識していただきたい.TRPGの遊び方や参加者の集め方は多様である.友人を誘う場合,閉鎖型サークル,新規参入者を歓迎するサークル,企業主催コンベンション,一般コンベンション,SNSでの公募,TRPGカフェ,それらのハイブリッドなど.TRPG発展とともに遊び方も分化してきた.遊び方が多様化して,いわば混沌の状況になっている.前述した遊び方のうち,閉鎖型サークルを除いた場合で,特に初心者対応するときに,上手いGMが必要である.良質なセッション体験を提供できれば,リピートユーザーになることを期待できる.逆に,品質の悪いセッション体験だった場合には,TRPGを嫌いになるかもしれない.最悪の場合,悪評を情報拡散するかもしれない.全てのGMに力量向上を期待するものではなく,真剣に深く楽しみたい者や,幅広くTRPGの楽しみを広めたい者に認識していただきたい.混沌たる世界にひとすじの秩序をもたらす光となることを期待する.

謝辞

「私がプレイヤーのときにゲームマスターをしてくれたすべての人」に感謝します.楽しかったセッションも斬新なセッションも,プレイヤーが不平不満を口にしたセッションも全てが貴重な経験です.数多くのセッションを共に体験し,力量向上のために研鑽した大学RPG研究会の会員の皆さんに感謝します.1996年3月のGMセミナーで講義していただいた,安田均先生,朱鷺田祐介先生,山北篤先生,友野詳先生および企画運営の宮野洋美氏に感謝します.セミナーを受講したことがGMスキル向上を真剣に考え始める契機となりました.仕事において指導や助言いただいた上司・同僚に感謝します.品質マネジメントに関する知識経験を仕事で培いました.HCD-Netと専門家認定センターの関係者の皆さまに感謝します.専門家認定試験や更新申請などを通じてコンピタンスと専門家について真剣に考察することができました.そして,投稿前に原稿を読んで助言いただいた今関圭祐氏とRPG研究会の後輩U氏に感謝します.

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