Terashima Teppei, Ishida Kimi, Nashiro Kunitaka, Seki Atsuhisa, and Miyazaki Masayuki. 2021. “Creation and Implementation of a Game-Type Library Guidance Conducted Online.” Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies, 2: 12e-21e.
引用方法:寺島 哲平, 石田 喜美, 名城 邦孝, 関 敦央, 宮崎 雅之. 2021. 「オンラインで実施されるゲーム型の図書館ガイダンスの制作と実践」『RPG学研究』2号: 12j-21j.
DOI: 10.14989/jarps_2_12j[0.1] 筆者らの研究チームでは,これまで大学図書館の利用方法が学べるゲーム型の図書館ガイダンス「Libardry」(リバードリィ)を大学図書館で実施してきた.しかし2020年度は,新型コロナウイルス感染拡大防止の影響により,大学図書館は閉館を余儀なくされた.このような状況下で,多くの大学図書館では,オンラインで図書館ガイダンスを実施する試みを行った.同様に筆者らの研究チームでも,今までのゲーム型の図書館ガイダンスの知見を活かし,有料ツールや特別な技術がなくとも制作可能な,図書館ガイダンス「Libardy Form」(リバードリィ・フォーム)を制作することを試み,それが図書館利用学習へもたらす影響を知るための探索的な調査を実施した.具体的には「Libardry Form」の特徴を試行調査として,第一著者が担当する大学授業とSNSを通じて,「Libardry Form」のプレイ体験者を募集し,大学生11人,一般参加者31人の協力を得た.プレイ体験後アンケート調査への回答を依頼したところ,動画型の図書館ガイダンスよりもゲーム型の図書館ガイダンスを選好する回答者が33人(78.6%)であることがわかった.またプレイを体験した大学生11人に対して,追加の事前・事後調査についての協力を求め,得られた8人の有効回答についての結果を分析すると,大学図書館を利用した経験のある2年生や3年生には「 Libardry Form」の影響を認めることが難しかった.一方,有効回答数が少ないため一般化はできないものの,大学図書館を利用した経験の少ない1年生の理解度向上に寄与する可能性があることが示唆された.
[0.2] キーワード:大学図書館,図書館利用教育,Googleフォーム
[0.3] The author’s research team has been conducting “Libardry” a game-type library guidance program to learn how to use university libraries. However, in the fiscal year 2020, university libraries had to be closed due to the influence of preventing the spread of the new coronavirus. Under these circumstances, many university libraries attempted to provide library guidance online. In the same way, the author’s research team tried to create a library guidance “Libardry Form” which does not rely on any paid tools or special skills. Based on the research team’s prior experiences with game-type library guidance, we conducted an exploratory study to understand the game’s impact on library learning. Concretely, for a trial survey of the features of the “Libardry Form” we recruited eleven university students during classes taught by the first author and thirty-one participants from the general public via SNS. After playing the game, we asked the participants to fill out a questionnaire. Thirty-three respondents (78.6%) preferred our game-type library guidance to the more common video-type guidance. We also asked the eleven university students who experienced the game to cooperate with us for additional pre- and post-surveys and analyzed the results of the eight valid responses we received. We found that it was difficult to recognize the influence of the “Libardry Form” on sophomore and junior students who had used university libraries before. Contrastingly, although it is not possible to generalize the results due to the small number of valid responses, the results indicate that the “Libardry Form” may improve the understanding of freshmen who have little experience using university libraries.
[0.4] Keywords: Google forms, library use education, university libraries
[1.1] 2020年度,新型コロナウイルス感染拡大防止のため学生の移動制限を行った結果,多くの大学では対面授業から遠隔授業へと授業形式を移行した.それに伴い大学図書館も閉館を余儀なくされた.国立情報学研究所「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」で行われた江川(2020)の報告によると,国立大学図書館協会の会員館92館中77館(83.7%)が,2020年5月1日時点で休館だったという.またsaveMLAK (2021)による国立大学図書館の開館状況の調査によると,2020年4月中旬から5月下旬までの期間において,国立大学図書館全体の休館率は5割を超えていた(図1).1 これらの調査結果からわかるのは,2020年度における国立大学図書館の閉館状況のみであるが,公立大学や私立大学の大学図書館も似たような閉館状況であったと推測できる.
図1: 国立大学図書館の開館状況の推移(やわらか図書館学, 2020).
[1.2] このような状況下で,移動が制限された学生に対して,大学図書館は提供可能なサービスを模索することになった(表1; 江川 2020). 表1に見られるように,大学図書館に来ることができない学生に対して,オンラインで提供されるサービスには「新入生ガイダンス・利用講習会の代替」が含まれる.半数以上の国立大学図書館が閉館していた4月中旬から5月下旬までという時期は,例年,多くの大学において,学内施設や学内サービスなどのガイダンスを実施する時期でもある.そのため各大学図書館は,これらのガイダンスの代替措置を,オンラインで実施することになった.2
[1.3] 「新入生ガイダンス・利用講習会の代替」として提供されたサービスのうち,代表的なものの一つは,動画による図書館ガイダンスをオンラインで公開する方法である(表1).大学図書館の利用方法やデータベースの活用方法など大学図書館で提供されているサービスを,自宅から学べるようになった.京都大学図書館機構業務改善推進会議・新型コロナウイルス感染症対応状況調査チーム(2021, 17)は,全学共通科目「情報基礎演習」の図書館担当回において,対面形式で行われた過去の年よりも,肯定的な意見が多かったことを報告している.さらに「具体的には,図書館の利用方法(資料の検索方法)や参考文献リストの書き方が参考になったという意見があった」ことを挙げている.同チームは,肯定的な意見が多かった要因のひとつに「レポート課題が増え,この授業での内容を役立てる機会が増えた」(同上)と考察している.
表1: 大学図書館休館中の図書館サービス(江川 2020をもとに筆者が作成).
形態 | サービス内容 | 具体例 |
オフライン(対面) | 限定的な施設、機器の提供 | ラーニングコモンズの限定的利⽤ |
ノートパソコンの当⽇貸出 | ||
所蔵資料または複写物の宅配サービス | メールやウェブフォームで事前予約制による宅配サービス | |
図書館間相互利⽤(ILL)で取り寄せた⽂献複写の転送サービス | ||
オンライン | 特設サイトの開設 | 在宅で利⽤できるサービスや電⼦リソース、その利⽤⽅法に関する情報の掲載 |
電⼦リソースに関する最新情報の提供 | ||
遠隔授業に係わる著作権の情報 | ||
電⼦リソースの拡充 | 電子書籍サービス契約の拡充 | |
電子ブックの追加購入 | ||
学修⽀援・読書促進 | 推薦図書リスト(学外から電⼦ブックで読めるもの) | |
過去の図書館セミナー映像公開 | ||
仮想展⽰ | ||
新⼊⽣ガイダンス・利⽤講習会の代替 | ガイダンスビデオ公開 | |
出版社提供のWebセミナー紹介 | ||
オンラインレファレンス | メール・ウェブフォームによる質問に図書館職員が回答 |
[1.4] 一方,図書館に行くことができないために学ぶことが難しい内容も存在する.その一つが大学図書館におけるレファレンス・カウンターの位置や文献資料などの配架場所である.以前であれば,位置や場所を学ぶために大学内を探索するツアー型の図書館ガイダンスが実施されていた.ツアー型の図書館ガイダンスとは,大学図書館のスタッフが,新入生などの参加者を引率して,図書館内を歩き回るガイダンスを指す.レファレンス・カウンターや配架されている文献資料など,それぞれの位置や場所について大学図書館のスタッフが説明した.このようなツアー型の図書館ガイダンスは大学図書館内で実施する必要があるが,冒頭で示したような閉館状況であるため,学生が大学図書館に来られない状況の大学も多い.そこで代替案として,島根大学図書館VR図書館ツアー,3 神奈川工科大学図書館3Dビュー・VRマップのように,4 ヴァーチャル・リアリティ(以後VRと表記)による図書館ガイダンスが制作・提供されることになる.しかし,VR技術を用いたガイダンスは,仮想体験に重きがおかれ解説が少ないため,もともと図書館を探索することに関心の高い利用者や,すでに図書館における資料の配架場所を熟知した利用者でないと活用することが難しい.相模原女子大学附属図書館ヴァーチャル図書館ツアーのように,5 解説が加わったVR型の図書館ガイダンスもあるが,それを視聴するだけでは,「学生自身がレポートや論文作成する際に大学図書館のどのようなサービスを利用すれば良いか」を理解することは困難である.
[1.5] 以上の問題意識を踏まえ,本報告では,オンラインで参加可能なゲーム型の図書館ガイダンスを制作する.オンラインで参加可能なゲーム型の図書館ガイダンスの事例としては,後述する城西大学水田記念図書館(2020)「TOSHOKAN QUEST」(近藤 2020)が存在する. しかし筆者らのチームでは,それまでに開発してきたアナログゲーム型の図書館ガイダンスをベースにしたゲーム型図書館ガイダンスを開発することとした.具体的には,これまで制作してきたシナリオや実際にプレイに参加した学生たちの様子をベースに,ノベルゲーム形式のシナリオを作成し,それをGoogle社が提供する無償の調査管理ツール「Googleフォーム」で実装した.6 以下,具体的なストーリーの作り方や,Googleフォームへの実装の仕方について説明するとともに,このようなゲーム型図書館ガイダンスの可能性を探索的に明らかにすることを目的に実施した試行調査の結果を報告する.なお本報告で示すのは,小人数の調査協力者を対象とした試行調査の結果に過ぎず,その結果をただちに一般化することはできない.そのため本報告では,実践の報告とその結果として示唆された可能性のみを示す.
[2.1] 筆者らの研究チームでは,これまで大学図書館の利用方法をゲーム形式で学ぶ図書館ガイダンス「Libardry」を,大学図書館で実施してきた(石田ほか 2015; 寺島ほか 2017).「Libardry」は,図書館ガイダンス中に課される依頼や指令などのミッションを,図書館サービスを駆使してクリアを目指す「ミッション・クリア型ロール・プレイング・ゲーム(以後RPGと表記)」である.しかしミッションをクリアするというゲーム要素だけでは,図書館ガイダンスとして不十分であると考えた.
[2.2] 大学に入学したばかりの新入生は,ほとんど大学生活を体験していない.そのため彼らの多くは「レポートを書くために大学図書館を利用する」という図書館ガイダンスの重要性を理解できない場合が多い.そのため「Libardry」では,ガイダンスの参加者とは異なる「どこかの誰か」を演じるゲームデザインを導入する必要があった.そこで着目したのが「複数のプレイヤーが,架空のキャラクターの役割を演じる(ロール・プレイング)ことによって進行する新しいタイプのゲーム」(鈴木 2021)であるRPGというゲームデザインである.RPGというゲームデザイン導入することで,新入生は架空の状況におかれた架空のキャラクターの役割を演じる必然性が生じる.またゲーム進行上,新入生は将来必要となる大学図書館の利用方法を自ら実践することへとつながる.つまり「自分でない人物をパフォーマンスすることで,自分が何者かであるかを創造する活動」(ホルツマン 2014, 27)の場を創出しうるのである.7
[2.3] これらの方針をもとに,「Libardry」を制作・実施してきたが,冒頭に述べた状況のため2020年度は大学図書館を閉鎖せざるを得ない状況であった.そのためオンラインで実施できるミッション・クリア型RPGのゲームデザインを導入した図書館ガイダンスを新たに制作する必要があった.このオンラインで実施する図書館ガイダンスは,「①遠隔授業だからこそ学べる(学びやすい)内容」と「②大学図書館を訪問できない状況であったとしても学ぶべき内容」の二つの要素を含む必要があると考えた.また,これら二つの要素をバランスよくストーリーに配置することもゲーム型の図書館ガイダンスを制作するうえでの課題である.
[2.4] ①については,京都大学図書館機構業務改善推進会議・新型コロナウイルス感染症対応状況調査チーム(2021)が,学生に好評だった学習内容として挙げる「図書館の利用方法(資料の検索方法)」「参考文献の書き方」などが事例として考えられるだろう.また②については,図書館内における資料の配架位置が挙げられるだろう.つまり,これから制作するゲーム型の図書館ガイダンスの方針は,①の検索方法を駆使して得られた情報をもとに,②の図書館内に収蔵された資料の配架場所を探索する方法を,参加者が学べるようなゲームデザインとストーリーにする必要がある.特に資料の配架場所(②)については,学生だけでは気づくことが難しい場所に焦点を当てることが重要である.しかし,学生だけは気づきにくい配架場所については,各大学図書館の建造物としての特性や配架の仕方などにより状況が異なる.
[2.5] ①と②の両面を考慮しながらデザインされた,オンラインで参加可能なゲーム型の図書館ガイダンスの事例として,城西大学水田記念図書館「TOSHOKAN QUEST」がある(2020). 「TOSHOKAN QUEST」を企画・開発した近藤(2020)は,RPGについて「RPGはプレイヤー,つまり利用者が主体であり,情報取得のタイミングと順序はプレイヤー自身が決定できることが特徴である」と述べている.ここで近藤が着目しているのは,RPGにおけるプレイヤーの能動性である.さらに有償であるデジタルRPG作成ツールを活用したことによって,「ゲームデザイン」と「楽しさ」の両方を付与し,プレイヤーは能動的に図書館ガイダンス内で活動することができる.事実,近藤はデジタルRPGの「ゲームデザイン」と「楽しさ」を付与するための工夫を下記のように述べている.
[2.6] さらに,ゲーム内イベントのメッセージも単なる解説ではなく,キャラクター性を持たせることによって「読む」から「体験」へと昇華され,プレイヤーは情報を得る以上の楽しさを感じることができる.このことを念頭に置き,本編中のテキストやイベントにはコメディタッチを取り入れたり,クイズを出題するなどして当館への親しみが増すよう心掛けた.(同上)
[2.7] このように,有償のデジタルRPG作成ツールを活用した「TOSHOKAN QUEST」は,オンラインで参加できるからこそ実現できるエデュテイメント(edutainment)的要素(①)と,図書館内における資料の配架場所(②)とを組み合わせることを可能にした.しかし,大学図書館へ来ることのできない状況での大学図書館ガイダンスとしての役割を考えると,①の内容については「楽しさ」だけに着目するだけでは不十分であるといえる.むしろ①については「図書館の利用方法(資料の検索方法)」や「参考文献の書き方」など,オンラインだからこそ学習しやすい内容を積極的に取り入れていった方がよいだろう.そのために本報告では,デジタルRPGのゲームデザインに準拠するのではなく,あくまでも今まで筆者らの研究チームで実施してきたミッション・クリア型RPGのゲームデザインを準拠し,オンラインで参加可能なゲーム型の図書館ガイダンスを制作することにした.
[2.8] そこで参考にしたのは,Headleand(2020a)が「Online Teaching Tips」として紹介している「Building Simple Games in Microsoft Forms」である.Headleandはその冒頭で,次のように述べる.
[2.9] ゲームは学生を参加させるためにはうってつけの方法になりえるし,対面授業であれば,ゲームをプレイするためのたくさんの方法がある.しかし,オンライン学習・ブレンディッド学習への移行において,新たなアプローチが必要となる.これは,MS Formsを使ったひとつのアプローチだ.[Headland (2020b); 訳は引用者]
[2.10] ここで述べられているように,Headleanedは,はじめに対面授業におけるゲーム活用を想定したうえで,遠隔授業への移行について必要となる「新たなアプローチ」を提案している.そこで提案されているのが,Microsof Forms8を使用したシンプルなゲームである.9
[2.11] 筆者らの研究チームで制作・実施してきた対面形式での図書館ガイダンスから,オンラインで参加可能な遠隔形式での図書館ガイダンスへと移行するため,まずはシンプルなゲーム型の図書館ガイダンスを制作した.ここで述べたシンプルなゲームとは,無償のウェブツールを利用し,さらに特別な技術がなくても制作できるゲームである.
[3.1] 本報告では,Headleandによって提案された方法を参考に,Googleフォームを用いてシンプルなゲームを制作することにした.Headleandが示したゲーム制作過程は,大きく二つの局面にわけることができる.一つ目の局面は「問題(question)」同士のリンク関係を示すフローチャートである「物語マップ(narrative map)」の作成(図2),二つ目の局面はMicrosoft Formsへの実装である.以下,これら二つの局面それぞれについて説明する.
図2: 「物語マップ」のフローチャート(Headleand, 2020b).
[3.2] 本報告では,表計算ソフトであるMS-Excelのセル機能を用いて,「物語マップ」のストーリー展開を管理した.今回の「物語マップ」では,正しい選択肢を選ぶと次のストーリーへ進み,誤った選択肢を選ぶと前のストーリーへ戻る仕組みとなっている.本報告のために作成した「物語マップ」の一部を表2に示す.
表2: 本実践で使用した「物語マップ」 (クリックで拡大).
[3.3] 物語マップの作成にあたっては,[2.3.]で述べた①と②の二つの要素を取り入れ,図書館ガイダンスとして必要な学習内容を決定する必要があった.まず①については,石田ほか(2015)がミッション・クリア型RPGを導入した図書館ガイダンスを作る際に,「全学生にとって必要最低限だと考えられる内容」とする図書館サービスのうち,「データベース利用方法」(石田ほか 2015, 58)に相当する内容を導入することにした.具体的には,OPACやCiNii Articlesなど利用方法である.次に②については,寺島ほか(2017)がミッション・クリア型RPGを導入した図書館ガイダンスを実施した結果,参加学生たちから「利用することが難しい」として語られた次のIからIIIまでの三つの図書館機能に相当する内容を導入することにした.
[3.4] I.集密書庫|集密書庫という存在を知らない.集密書庫入口のドアを開けてもいいということがわからない.
[3.5] II.雑誌架|雑誌架の構造を知らず,最新の雑誌が立てかけられている部分を開くことで雑誌のバックナンバーがあることに気づくことができない.
[3.6] III.製本雑誌|雑誌のバックナンバーが発行時期に応じて二箇所にわけられて配架されているという情報を知らない.
[3.7] これらの図書館機能は,学生たち自身が「利用することが難しい」と語ったことから,学生一人で図書館内を探索したとしても,利用できることに気づくことが難しい図書館機能であるといえる.またIからIIIまでの図書館機能は,学生たちがレポートや卒業論文を執筆する際に利用することの多い一般雑誌(『現代思想』『ユリイカ』など)が含まれており,まさに②大学図書館を訪問できない状況であったとしても学習すべき内容であるといえる.
[3.8] 実際に学生たちが,①の学習内容にあたるデータベース利用方法で資料検索を行い.その後,②の学習内容にあたる資料の配架場所を学ぶ必要がある.このような,レポートや卒業論文の執筆プロセスを視野に置きながら物語マップを作成することで,①と②の両方を学べるようなストーリー展開にすることができる.
[3.9] 以上の検討を踏まえ,大学図書館内のカウンターでアルバイトをする学生を主人公に設定し,レポートや卒業論文を執筆するために資料を探しに来た学生から与えられるミッションをクリアしていく形式のゲームデザインを着想した.この着想を軸に,前述した①と②が学べるようなストーリー展開とした物語マップ(表2)を作成した.
[3.10] 次に,この物語マップに基づき,Google社が提供する無償の調査管理ツール Googleフォームで実装を行った.Googleフォームを利用したのは二つの理由からである.第一の理由は「第一筆者らが所属する大学ではGoogle Workspaceを導入済みである」ため,追加費用がかからず使い慣れていることが挙げられる.第二の理由は「Googleフォームの機能である『ラジオボタン』と『回答に応じたセッションに移動』の二つの機能で物語マップの分岐したストーリーを再現できる」ため[2.11.]で述べたようなシンプルなゲームを制作することができることが挙げられる.なお,Googleフォームで実装する際に,物語マップの文章の一部を変更した.文章を変更する方針については,次の二つが代表的である.
[3.11] 1) Googleフォームで実装する際に,参加者が「読む」から「体験」へと昇華されるように,本ガイダンスにおいて参加者を指す言葉を「君」とした.また,どのような感情で本ガイダンスに参加しているのか分からないため,文章から感情に関する描写を削除し,状況を説明する描写のみへと修正した.
[3.12] 2) 状況が一目で分かるように,Googleフォームには大学図書館内の写真を挿入した.写真を挿入したGoogleフォームの画面を図3に示す.Googleフォームに写真を挿入したことで,写真とは矛盾する「物語マップ」の文章については,すべて写真に合うように修正した.
図3: 「Libardry Form」の画面.
[3.13] ただしGoogleフォームでシンプルなゲームを制作した場合,最終結果しか集計できない.今回,制作した「Libardry Form」の場合,「何人の参加者がゴールした」という結果は分かる.しかし「ガイダンスから離脱した参加者が多かった選択肢はどれか」という情報を得ることができないという問題点がある.
[4.1] Googleフォームで実装した「Libardry Form」をオンラインで公開した.このゲームのURLを知っていれば,スマートフォンやパソコンといったICT端末から,誰でも参加することができる.まず2020年9月16日から9月18日までの期間に学内関係者9人にURLを伝え,「Libardry Form」の誤字・脱字,およびシステム上のエラーがないかについての確認を依頼した.その後,第一筆者のオンデマンド授業で「Libardry Form」のURLを告知した.その結果,9月25日から26日までの期間に11人の学生が「Libardry Form」をクリアまでプレイした.最後に2020年11月に開催された「第22回 図書館総合展」に合わせて,10月20日から11月29日までに,SNSでURLを告知したところ,この期間中に31人の一般参加者がクリアまでプレイした.なお一般参加者の多くは,「第22回 図書館総合展」に合わせて,SNSで告知したため,司書を中心とした図書館関係者だと考えられる.これらの参加者を表3にまとめる.
[4.2] 9月25日から26日までの期間にクリアまでプレイした大学生11人および10月20日から11月29日までにクリアまでプレイした一般参加者31人の計42人を対象に,本ガイダンスのクリア後にアンケート調査に協力するよう依頼を行ったところ,全員から回答を得ることができた.多くの大学がオンラインで提供している動画による図書館ガイダンスと,今回試行的に制作したゲーム型の図書館ガイダンスを比較するため,「動画による図書館ガイダンスとゲーム型ガイダンスのどちらが良いですか」という質問を行った.なお「ゲームによる図書館ガイダンス」から「動画による図書館ガイダンス」までを5件法で測定した.42人中33人(78.6%)が,ゲーム型の図書館ガイダンスを選好する回答をした(図4).さらに自由記述で理由を確認したところ「ゲームとして体験したほうが記憶に残りやすい」「動画だと受け身でも先に進んでしまうが,ゲーム形式なら選択肢を選択しなければ先に進まない」といった回答があった.一方,動画による図書館ガイダンスについては4人(9.5%)が選好する回答をした.自由記述で理由を確認したところ「戻るのが面倒くさい」「選択肢を間違えて,消去法で正解に辿り着いた場合,選択肢の内容が頭に残りづらい」といったものがあり,選択肢を間違えた場合の対応については改善の余地があることがわかった.
表3: 調査協力者の属性.
期間(2020年) | 参加者 | 対象 | 備考 |
9月16日から18日まで | 9人 | 学内関係者 | デバックのためアンケートは実施せず |
9月25日から26日まで | 11人 | 第一筆者のオンデマンド型授業の履修者(64名)に参加を呼びかけた | |
10月20日から11月29日まで | 31人 | SNSで周知し参加を呼びかけた |
図4: ゲームと動画の比較結果.
[4.3] [4.1.]で述べた9月25日から26日までの期間にクリアまでプレイした大学生11人に対して,別途,「Libardry Form」のプレイ前後に事前事後調査への協力を依頼した.事前調査では大学図書館の利用経験,事後調査では「Libardry Form」にも登場する大学図書館の利用方法やレファレンス・カウンターの場所に関する理解度について明らかにすることをねらいとした.事前調査・事後調査ともに有効回答が得られたのは,11人中8人分であった.これら有効回答の得られた8人分の回答について,それぞれ回答者の学年や大学図書館の利用経験,正答・誤答に焦点を当てて個別事例を分析した(表4).
[4.4] 事前調査の結果から,大学図書館を利用した経験がある2年生と3年生の2名にとって「Libardry Form」で登場する学習内容の多くは,すでに大学図書館などで体験した経験のある内容であることがわかった.具体的にはOPACの利用経験については2名とも「利用している」と回答し,「論文記事検索(CiNii Articles)などで見つけた論文が,図書館にあるかどうか調べる」については「少し自信がある」と2名とも回答している.そのため,2年生・3年生の2名は,事後調査においても正答率が高かったが,それは,既有経験に拠るところが多いと考えられる.ゆえに,「Libardry Form」が,彼らの図書館利用学習に一定の影響を与えたとは言い難い.
[4.5] 一方,大学図書館利用経験の少ない1年生の6名にとって「Libardry Form」を体験することには,一定の影響が認められた.1年生の回答者については,事前調査の結果から,大学図書館の利用が少ないことがわかった(表4).
[4.6] しかしそれにもかかわらず,事後調査の結果を見ると,①の学習内容にあたるオンライン・データベースの利用方法,②の学習内容にあたるレファレンス・カウンターの位置や場所について,一定程度の理解が見られた(表4).
表4: 事前事後調査の回答結果.
事前調査 | 事後調査 | ||||||
何年生ですか? | OPAC | 論文記事検索(CiNii Articles)などで見つけた論文が,図書館にあるかどうか調べる | メインカウンターの場所 | 芸術系の番号 | レファレンスカウンターの場所 | 最新の雑誌の場所 | 「タイトル」が分かっている本の図書館内の所蔵を調べるためには( )を用いると良い |
3年生 | 利用している | 少し自信がある | 1階 | 700 | 3階 | 地下1階 | OPAC |
2年生 | 利用している | 少し自信がある | 1階 | 700 | 3階 | 地下1階 | OPAC |
1年生 | 利用していない | 少し自信がある | 1階 | 700 | 3階 | 地下1階 | OPAC |
1年生 | 利用していない | 自信がない | 1階 | 700 | 2階 | 2階 | OPAC |
1年生 | 利用していない | あまり自信がない | 2階 | 700 | 3階, 2階 | 地下1階 | OPAC |
1年生 | 少し利用している | 少し自信がある | 1階 | 700 | 3階 | 地下1階 | OPAC |
1年生 | 少し利用している | 少し自信がある | 1階 | 700 | 3階 | 地下1階 | 館内データベース |
1年生 | あまり利用していない | あまり自信がない | 1階 | 1000 | 1階 | 地下1階 | OPAC |
間違った回答 |
[4.7] ただし8人の回答から,本ガイダンスで印象に残った内容を過度に一般化する事例も見られた.常磐大学の大学図書館では,「一般雑誌」が2階と地下1階の二箇所に配架されているにもかかわらず,「一般雑誌」が地下1階にしか配架されていないと8人全員が回答していた.その背景には,「Libardry Form」のストーリー展開で地下1階に配架された雑誌がストーリー展開上で重要だったことが推測される.このように,実際の図書館サービスに詳しくないため,ゲーム型の図書館ガイダンスによって学んだ内容が,ある種の誤解へと結びつく危険性がある.ゲーム型の図書館ガイダンスの開発・活用にあたってはこのようなメリットとデメリットの両面を見据えつつ,より適切な学習に結びつくような仕組みを検討する必要がある.
[5.1] 2020年度に多くの大学図書館では,オンラインで図書館ガイダンスを実施することを余儀なくされた.本報告では,このような状況においてミッション・クリア型RPGのゲームデザインを導入した図書館ガイダンスをGoogleフォーム上で実装し,オンラインで実践してみた際の試行調査の結果を報告した.本ガイダンスをクリアまでプレイした42人に対して,アンケート調査を実施した結果,42人中33人(78.6%)が,多くの大学で提供されていた動画による図書館ガイダンスよりもゲーム型の図書館ガイダンスを選好する回答をしていた.この結果は,ゲーム型の図書館ガイダンスに対する一定の需要の存在を示唆する.
[5.2] また本ガイダンス参加前後に実施した事前事後調査の結果から,大学図書館利用経験の少ない1年生の理解度向上に寄与する可能性があることが分かった.ただし有効回答数8件のみの事前事後調査の結果であるため,この知見をただちに一般化することはできない.調査対象者を変更して再実施した場合,本報告とは違う結果となる可能性も無視できない.さらに上記で述べたように,本ガイダンスで印象に残った内容を過度に一般化する回答もあった.そのため「Libardry Form」だけでは学びきれない内容については,今まで筆者らの研究チームで行ってきた「Libardry」で補うという方法が考えられる.例えば,オンラインで公開している強みを生かし「Libardry Form」を入学前課題として実施することで大学図書館を仮想体験し,入学後に「Libardry」で実際の大学図書館を体験するという方法があるだろう.この試みが実現すればHeadleandが述べたゲームを用いたブレンディッド学習という「新たな試み」が可能となる.
[5.3] 「新たな試み」の前に,本ガイダンスの完成度を高めるため,アンケート調査の結果から得られた改善点を二つ挙げる.筆者らの研究チームでは,今後,これら二つの改善点を参考に,「Libardry Form」の改良版を制作する予定である.
[5.4] 一つ目は間違った回答を選択した場合の対応である.本ガイダンスでは,参加者が選択肢を誤った場合,元のストーリーに戻るだけである.アンケート調査で本ガイダンスの改善点として「OPACのこの欄を見よう」や「手前の棚の上には”大学紀要等”と表示されていた」といった解説やヒントを提示したほうが良いという意見があった.そのため間違った回答を選んだ場合,解説ページへ移動したのち,元のストーリーへ戻るように改善する.また解説ページでは,オンラインで公開されている動画による図書館ガイダンスへリンクを設けることで,様々な種類のコンテンツで参加者が学べるような仕組みを導入したい.
[5.5] 二つ目はガイダンス中の位置情報である.②の大学図書館を訪問できない状況であったとしても学習すべき内容を考えると,本ガイダンスで提示されている写真の場所がわかるように,大学図書館内の地図と位置情報を表示したほうが良いという意見があった.そのため画像の横に大学図書館の館内マップとゲーム内の位置情報を掲載するように改善する.
[5.6] 以上でGoogleフォームを用いたゲーム型の図書館ガイダンスの制作と実践における報告を終える.今回は,筆者らの研究チームが大学図書館で実施してきたゲーム型の図書館ガイダンスの知見を活かし,Googleフォームを利用したシンプルなゲームを制作する「新たなアプローチ」を試みた.本報告によって,今後さまざまな図書館が今まで実施してきた知見を活かし,大学施設の利用方法について学ぶことのできるツールを開発するための方途として提示できれば幸いである.
このグラフは, saveMLAKによって,クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(CC0-1.0); 2021年11月8日取得))で公開されているデータに基づき,やわらか図書館学(2020)が作成したものである.このグラフには,2020年9月26日時点までのデータのみが反映されているが,saveMLAKでは,その後も継続的に休館状況の調査データを公開している.saveMLAK (2021)参照.↩︎
常磐大学「情報収集検索ガイダンス」は,学外からでも閲覧可能であるが,今後,学内のみの公開となり,学外からは視聴できない設定に戻る可能性がある. ウェブサイト:http://www.tokiwa.ac.jp/~tucmi/lib/index_ref.html (2021年11月8日取得)↩︎
ウェブサイト: https://da.lib.shimane-u.ac.jp/virtual_tour/top_j.html (2021年11月8日取得).↩︎
ウェブサイト: https://www-std01.ufinity.jp/kaitlibrary/?page_id=9484 (2021年11月8日取得).↩︎
ウェブサイト: https://www.sagami-wu.ac.jp/library/guidance/vtour/ (2021年11月8日取得).↩︎
ウェブサイト: https://www.google.com/intl/ja_jp/forms/about/ (2021年11月8日取得).↩︎
これまで開発してきた図書館ガイダンス「Libardry 」については,石田・関・寺島(2015)と寺島・名城・関・宮崎・石田(2017)を参照.↩︎
Microsoft Formsとは,Googleフォームと同様の調査管理ツールである.Microsoft社によって提供されている.ウェブサイト: https://www.microsoft.com/ja-jp/microsoft-365/online-surveys-polls-quizzes (2021年11月8日取得).↩︎
Headleand (2020)が,このモデルとして紹介しているゲーム「The Caves of Lincoln Island」は,2021年11月8日現在も公開されており,プレイ可能である.↩︎