First Issue | 1号

Editorial | 第1号発刊の趣旨:
Emotional and Psychological Safety in TRPGs and Larps |
TRPG・LARPにおける感情的・心理的安全性

JARPS Editors | RPG学研究編集委員会

How to Cite:

JARPS Editors. 2020. "Editorial: Emotional and Psychological Safety in TRPGs and Larps." Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies, 1: 1e-2e.

引用方法:

RPG学研究編集委員会. 2020. 「第1号発刊の趣旨:TRPG・LARPにおける感情的・心理的安全性」『RPG学研究』1号: 1j-2j.

DOI: 10.14989/jarps_1_01j

1. 安全性に関する問題

[1.1] この度,『RPG学研究』(Japanese Journal of Analog Role-Playing Game Studies: JARPS)の2020年号を無事に読者の皆様にお届けできたことを嬉しく思う.ロールプレイングゲーム(RPG)のさまざまな研究と実践についてグローバルな意見交換の場を開いた昨年(2019年)の創刊号に続き,今回の第1号はRPG (TRPGやLARP)のファシリテーター,プレイヤーや研究者にとって重要なテーマ「感情的・心理的な安全性」に焦点を当てたい.

[1.2] 身体的安全性については,世界中でLARPが実践されるにあたって,特に柔らかい素材で作られたLARP武器が重要な役割を果たしてきた.また,LARPが日本で人気を博すようになった直後に,日本のLARP普及団体CLOSSによるLARP安全憲章の導入は,身体面の危険に対する懸念を示している一方で,感情および心理的安全性の課題にも目が向けられている.たとえば,プレイのための安全な環境や文化を作るにはどうしたらよいか? プレイコミュニティ内で起こる不正行為・犯罪行為に対する,「見て見ぬ振り」にどのように対処すればよいか? ロールプレイの外で,プレイされたのと似た状況に遭遇して苦しんだ可能性のあるプレイヤーを誘発することなく,プレイの中の難しいテーマを奨励するにはどうすればよいか? プレイヤーがそのような状況でキャリブレーション(自分に合わせて調整すること)ができるようにするにはどうしたらよいか? 感情的な快適さのレベルを超えてしまったプレイヤーをどのようにサポートするか? 極端なプレイ状況に対処するためのスペースをどのように確保するか? などなど,まだまだ多くの疑問が投げかけられている.

[1.3] 事前ワークショップ,事後ディブリーフィング,およびさまざまなキャリブレーションの手法(プレイの中での「ストップ」「ブレイク」などの方法)は,ノルディックLARPの言説の基礎になったが,それは他のロールプレイングの分野でも同様である.その例の一つは,X-カードについての論争である.本号(『RPG学研究』第1号)は,英語での言説を日本の文脈の関連する懸念に結びつけ,テーブルトーク・ロールプレイングゲーム(TRPG)やその他の関連する実践に議論を拡大することを目指している.LARP・TRPGに熱中する上での安全な環境の必要性は,特にRPGの実践の教育的および応用形態の増加傾向を考慮すると,今後も継続的な検証が必要である.

[1.4] 本号では,LARPとTRPGにおける安全な環境の作成,キャリブレーション手法の使用,およびプレイヤーとプレイヤー-コミュニティ間のゲーム内/ゲーム外の関係の懸念点に関する実用的な課題に対処する内容の投稿論文を募集した.異なるバックグラウンド・プレイスタイルのプレイヤーたちが集まったときに,文化的文脈において感情的・心理的な安全がもたらすものについての認識論的および倫理的問題やベストプラクティスは,本号の主な焦点である.

2. 本号の掲載内容ついて

[2.1] プレイヤーの異なる背景に関する懸念が出発点となる,本号の巻頭寄稿は,昨今のノルディックLARPの言説に貢献している本領域の第一線のLARPデザイナーである,ヨハンナ・コルヨネン (Johanna Koljonen,Participation | Design | Agency)の特別寄稿である.彼女が「国際的なLARPの出現」と呼んでいるものが,LARPのプレイ文化の中で当たり前のように行われていた様々な物事に光を当て,異なるバックグラウンドを持つ人々が一緒にプレイするようになったときに対立を引き起こしたことを説明している.この観察が彼女の出発点となり,現在では世界的に使用されている3つの重要なキャリブレーション手法(OKチェックイン,タップアウト,ルックダウン)の詳細な概要が特別寄稿の中で示されている.彼女はこの3つの手法を,ゲーム内だけでなくゲーム外の関係性も考慮したプレイカルチャーのデザインへの体系的なアプローチに統合することで,安全性や安全デザインとは何かについてのより広い議論へと進化させた.この論文の英語版は,彼女のアプローチの体系的なアウトラインを更新したものであり,日本語版はそのツールを初めて日本の読者に提供するものとなる.1

[2.2] ニコラス・セイン.ジャック(独立研究者)とサムエル・トビン(フィッチバーグ州立大学)は,TRPGにおけるプレイヤーキャラクター(PC)の死についての探究を進めている.彼らは論文の中で『Dungeons & Dragons』や『Ten Candles』などの様々なシステムにおける死に関するルールやゲームメカニズムに基づいて,死に関連したゲームプレイの様々な次元を分析している.セイン.ジャックとトビンは,参与観察を基にしながらも理論的考察に焦点を当てて,その議論をプレイヤーのエージェンシーとコントロールに結びつけている.

[2.3] イェレミアス ヴェバー,カリッサ ドンカー,そしてカロリン ハインリヒ(ドラッヘンフェスト(Drachenfest),起業家的企業)は,「ドラッヘンフェスト」でのソーシャルセーフティチーム(倫理問題対応チーム)についての事例報告と共に直接の応用実践を行っている.「ドラッヘンフェスト(龍の祭)」は,約5,000人の参加者を擁するヨーロッパで2番目に大きな年に一度のLARPイベントで,2002年からプレイされている剣と魔法のファンタジー世界を舞台にしている.ほとんどのルールは戦闘の解決や魔法の使用に関する問題について考慮されている.対照的に,社会的な相互作用はほとんど規制されておらず,例えば,一人のプレイヤーが仲間(他のプレイヤー)の快適レベルを超えたプレイをしてしまうと,対人関係の問題の原因となる.ファンタジー世界の背景設定があるにもかかわらず,特定の種族がどのようにプレイされるのが理想的なのかについての参加者間での見解の違いが,ゲーム内だけでなくゲーム外でのハラスメントにまでエスカレートしてしまうことがある.このような問題に対処するために,「ドラッヘンフェスト」の主催者はルールとして行動規範を作成しただけでなく,2019年に初めてソーシャルセーフティチームを設置した.著者らは本論の中でこれらの対策の背景の考察を詳述し,その結果について評価している.

[2.4] テーブルトップRPGのデザイン,特にインディーゲームのイノベーションに関するオンラインディスカッションサイトである「The Forge (加熱炉)」についての著書を最近書き終えたウイリアム・J. ホワイト(ペン・ステート・アルテューナ大学)は,現在の議論に歴史的な文脈を提供することで,プレイヤーの安全性についての疑問を投げかけている.「The Forge」の生みの親であるRon Edwardsが「Line and Veil (ラインとベール)」と呼んだ手法と,Meguey Bakerの「Nobody Gets Hurt (誰も傷つかない)」と「I Will Not Abandon You (あなたを見捨てない)」という補完的な原則に焦点を当てながら,ホワイトは「Forge Diaspora (フォージ・ディアスポラ,四散したフォージ関係者間)」と呼ばれる,「The Forge」に触発された多くのブログやフォーラム内での安全に関連した言説を中心とした対話について調査検討している.彼は修辞学的アプローチに基づいて,例えばプレイヤーの創造性と安全性がしばしば互いに対立している言説の異なる次元と議論を分析し,安全性を取り巻く言説の力学をより深く理解することを提案している.

[2.5] ホワイトの分析では,John StavropoulosのX-カードという手法についても言及している.これはコルヨネンが議論した「OKチェックイン」や「ルックダウン」のような,他の多くのキャリブレーション手法のコレクションにもなった.これらの「安全とキャリブレーションカード」は,カレン・トゥエルヴスと多くの寄稿者の仕事に基づき,加藤さゆりによって日本語に翻訳され,本号を最後に掲載されている.

[2.6] 今後の「RPG学研究」では,非デジタル(アナログ)ロールプレイングゲームの研究と実践に関する他の領域・テーマについて取り上げていくことになるが,本号のテーマである「安全性(safety)」は,すべてのテーマに関わる問題で,プレイングにおける重要な面であることに変わりはないため,引き続きより多くの安全性についての投稿を歓迎している.また,教育的または治療的な環境設定でTRPGやLARPの実施を計画している場合,ぜひそのプロジェクトについて「事例報告(ケースレポート)」の形で投稿して欲しい.そしてもし,あなたがTRPGやLARPに関して豊かな知見をもたらす文献に出会ったときは,それらの内容について「書評(ブックレビュー)」の形にまとめて投稿いただけないだろうか? なお,特に歓迎するテーマは,特に関係したいテーマとして,「イマージョン(immersion,没入感)」や「ブリード(bleed)」といった重要なアイデアについて考察された理論論文のほか,プレイヤーがゲーム要素と関わる特有の方法や,特定の様式がフィールドを再形成する方法,オーガナイザーが透明性とアクセシビリティをどのように扱うかなどについてのオリジナルの研究論文である(同時に本誌に査読者としてご協力をいただける方はお知らせください.)2 私たちは,寄稿者や読者と一緒にRPGの世界を探索することを楽しみにしている.本号で,安全についての疑問について取り上げ,TRPGやLARPにおける安全性についての新しい概念を明らかにすることで,それらの技術や手法が読者の皆様のプレイ実践をより豊かなものにすることを願っている.

  1. 両方の言語で公開された記事には,使用されている言語を示すページ番号がある.たとえば,15j-21jは,これが日本語版であることを意味する.15e-21eは,同じ記事の英語版であることを表す.↩︎

  2. このWebサイトでのアカウント作成プロセス中に,査読者として登録することを選択できる.また,編集委員に専門分野について連絡することもできる.↩︎